覚悟に忍び寄る影
警察署から出ようとしたが、外にはマスコミ各社が詰め寄っていた。
見張りをしている警官や受付の婦警は、照明を鬱陶しそうにしている。
「仕事に熱を入れるのはいいが、人様に迷惑かけちゃいけないですよね」
矢上はそう言い、マスコミをせせら笑う。
「熱を入れようにも、勝手に文句垂れてくるアホもいますよ」
俺は自衛官だった時の事を思い出す。俺がそう言うと、矢上は苦笑いした。
「自衛隊だと、そんな事も経験しますよね」
「……そう言えば、矢上さん。アンタは、昔何処にいたんだ?」
「私ですか? 前はSATでした」
「へぇ~……」
そんな話をしながら、人気の無い裏口に出る。マスコミの目的は、犯人を無駄に殺した馬鹿なISS局員だ。
ISS創立以来、ネガティブキャンペーンしか報道しない姿勢をまだ崩していない。
しかも、約一年前に起こった新宿駅爆破テロ未遂事件の重要参考人の自衛官と同一人物となれば……。
結果は火を見るよりも明らかだろう。
悪い事はやってないのに、こうしてコソコソする羽目になるのは納得いかない。
だが、それを矢上に言うのは筋違いだ。
「じゃあ、赤沼さん。詳しいことは、追って連絡しますよ。……休暇、楽しんでください」
矢上はそう言い残し、手を振って去って行く。
その背中を見送った俺は、裏通りを歩き始めた。冷たい風のせいで思考が磨かれ、家に帰るのが憂鬱になってくる。
犯人銃撃後、弟に連絡したが返信は無かった。
けれど、騒ぎの中心にいる俺を間違いなく目撃したはずだ。
お袋は、俺の事をまだ自衛官だと思っている。
去年の十月。ISSに行くことが決まった時、母親には適当な事を言ったのを悔やむ。
「中坊じゃねぇんだから……」
俺が頭を掻いて、近くのバス停に行こうとすると後ろからクラクションを鳴らされた。
振り向くと、見覚えのある軽四がそこに停まっている。
運転席にいるのは、お袋だった。
「浩史、乗りなさい」
声色は普通。怒っている訳でなければ、不機嫌になっている訳でもなさそう。
けれど、逆にその態度が不安感をかきたてる。
しかし、逆らうわけにはいかず、俺はお袋の軽四に乗り込んだ。
焚いていたハザードランプを消し、お袋は車を走らせ始めた。
しばらくお互いに無言だったが、信号で止まった時にお袋が口を開く。
「アンタ、今、ISSにいるんだってね」
「おう……」
後ろめたさから、口数が少なくなる。
「……別に怒ってないよ」
それを見透かしたように、お袋が言う。
「けれど、これだけは聞いとく」
「ん?」
「……今アンタは、仕事に誇りを持ってるかい?」
「持ってる」
それは即答できる。最初の頃は、あまりISSの事を知らなかったせいで後ろめたさに近いものがあった。
でも、そんな気持ちは今は無い。
「……ならいいけど」
お袋はあっさりと引いた。
「怒らないのか?」
「……怒ったところで、アンタは仕事辞める気ないでしょ。だったら、言っても無駄」
「……そうだな」
「そういうところ、お父さんにそっくりなんだから」
お袋は呆れたように呟く。
「……親父に?」
「そう」
信号が青に変わり、車が進む。
「昔、お父さんにね、何度か警察辞めてくれって言った事あるのよ」
「マジで?」
「……お父さん、刑事課にいたでしょ。危ないことは滅多にないって言ってたけれど、不安でね」
「……………………」
「その事をお父さんに言ったら、お父さんは『お前には迷惑を掛けるかもしれない。でも、俺にやらせてくれ』って返してね。それ以来、何にも聞きやしなかったわ」
口調は完全に呆れているが、顔は穏やかだ。
「言っても聞かないから、言うのを止めた。実際、迷惑掛けることはなかったしね」
「そうだな……」
親父はくも膜下出血で倒れた。だが、死んだ後の手続きなんかが事細かにまとめてあるノートが、親父の机に仕舞っており俺達は困る事は無かった。
昔から、有言実行をモットーにしていた親父らしい。
そして、お袋は締めくくるようにこう言った。
「……浩史。これだけは言っておく。使命を全うして、胸を張れる人間でいなさい。……お父さんは、そうだったわ」
俺は、窓の外に広がる日常だった風景を目に焼き付け、自分の使命を胸の中で燃やす。
「……ああ」
短い返事をして、俺は目を瞑った。
シャツの胸ポケットに入ったスマートフォンのカメラ映像。
銀行の待ち合い。そこに、白髪交じりの男が何か黒くて長い物を持って入って来る。
男は窓口に並ぶ列を無視して、一番最初に立つ。
女性行員がそれを咎め、並び直すよう言うが男が取った行動は。
持っていた銃の銃口を上に向けぶっ放した。
轟音が行内に響く。
多くの客が耳を塞ぎ、呆ける中、男は叫んだ。
金を要求する、酷く陳腐な脅し文句。
女性行員が恐怖で固まっていると、奥から一人の男性行員が出てきた。
声は聞こえないが、困った顔をして男を宥めているように見える。
だが、男は。
銃口を男に向け、撃った。
行員は血を流して、カウンターに突っ伏した。
女性行員が悲鳴を挙げる。死を目の前にして、今まで傍観者だと思っていた客達は自分達が演者だと思い知った。
その瞬間、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
男は入口の外に向かって、二度も銃を撃ち、弾倉を交換しようする。
しかし、一発の銃声がして男は床に転がった。
心臓に一発。死因は出血性ショック。
小刻みに動いていた男が、遂にピクリとも動かなくなった時、行内に新たに一人の男が入って来る。
フライトジャンパーを着た、短髪の男。手には、警官の遺体から奪ったと思しきニューナンブ。
映像はここで止まっている。
俺は息を吐き、ネクタイを緩めた。動画を表示させているパソコンを操作し、最後に入って来た男の顔をアップにする。
「……あの男、見た覚えがあるぞ」
カップのコーヒーを一口飲んで、画面の男を睨む。
「……赤沼、浩史だ」
俺は自然と口角が上がるのを感じる。
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