最悪の場合
スキール音を立てながら走り出した車は、みるみるうちに団地から離れていく。
「窓開けるぞ」
パワーウィンドウを下げ、身を乗り出す。幸い、追いかけてくる車やバイクは無かった。
「……逃げなかったのか」
俺はシグの弾倉を満タンの物に替えながら、弓立に聞いた。
「だって、赤沼さん置いて逃げるのは忍びなくて」
「……そうか。でも、今度からは逃げろ。今回はたまたま上手くいったけど、仲間が他にもいたかもしれない状況で、待っていたのは危険だ」
「……ええ」
弓立の返事を聞いて、俺は頷きダッシュボードの上にS&Wシグマを置いた。
「あの……ありがとうございます」
後部座席からアイラが声を掛ける。
「ん、まぁ。別に、大したことは」
「そんな事は……。本当に、助けてもらってありがとうございます」
手で気にしないでいいと示し、俺は大淵の方を向いた。
自分が見られている事に気づき、彼も礼を言う。礼を催促した訳じゃないが、素直に受け取っておく。
だが、今すべき事は別の事だ。
「今から、ISS本部がある立川に向かう。異論、質問は今聞こう」
「……えと、その、本部で何するんです?」
「取り調べだな。なんで刈間のパソコンに学生証の写真があるのかとか、事の大筋とどれだけ絡んでるとか」
「……逮捕されるんですか?」
「一応、弓立さんは警官だし、ISS局員にも逮捕権はあるんだけど……そこらへんは微妙だな。どれだけ関わってるかによる」
俺のその言葉に大淵は顔を青くする。
「赤沼さん」
「なんだ」
「……今、正直に言ったら、見逃してくれるとかは」
「内容による」
大淵は自身の鞄の中からワルサーPPKを出した。
「――どこで手に入れた?」
「刈間さんから、貰いました」
「……ほう。じゃあ、これを一度でも撃ったか?」
彼は首を激しく横に振る。念を押し、もう一度聞くが答えは変わらない。
「よっしゃ分かった」
俺は大淵の手からワルサーを取った。
「あっ」
安全装置が掛かっているのを確認し、何も持ってない手で大淵の頭を叩く。手加減こそしたが、中々効いたようで涙を滲ませた。
「痛っ」
「馬鹿野郎。……ったく」
シグマの隣にワルサーを置く。
「人を叱るのが苦手だから、これ以上は何もしないけどな。これだけは言っておく、“二度と銃を持つな”だ。覚えとけ」
「……分かった」
「よし」
弾倉を抜いて確かめるが、弾は全部あるしここ最近撃った形跡も無い。
後は、俺の真意を若きカップルが読み取れるかどうかだ。
立川本部に着くと、調査係の方へ行けと言われた。弓立は一度、状況を江戸川に報告する為に警視庁に電話を掛けるようで、車に残ることに。
言われた通りにして、オフィスに向かい二人を預ける。押収した銃器も渡すが、ワルサーの指紋は一度拭い自分の指紋を付けて置いた。
それなら、持ってくる時に付いたと言い訳できるし罪は。
「その二丁は、団地でかち合ったチンピラから奪ったヤツだから」
足を撃ったチンピラに被ってもらう。これで、また何かやったら今度は手加減無しで殴る。そう心の中で誓った。
休憩所のソファーに腰掛け、コーヒーを飲んでいると矢上が弾の紙箱を持って来てくれた。
「お疲れ様です」
「どうも」
ホルスターから半端に弾が残った弾倉を出し、弾を込める。
「聞きましたよ。団地で大立ち回りしたそうじゃないですか」
「辻龍斗とその仲間が拳銃持ってやがった。撃たれたから撃った」
「チンピラの癖に、銃を抜くのも躊躇いがないんですね」
「練度が低くて助かったぜ」
弾倉に弾を込め終わり、ホルスターの弾倉入れに仕舞った。息を吐くと、自然と脳内のスイッチが切り替わる。
「で、辻龍斗のチーム……ドラゴンスターだっけ? は何丁の銃を持ってるんだ?」
これから相手にする敵の戦力は、知っておくべきだろう。兵法の基本とも言える。
「刈間莉子のサイトから確認出来たのは、計三十七丁。全て拳銃です」
「兵隊の数は?」
「警視庁の方で確認しているのは約四十名。仲間を集めたら、多くても倍ですかね」
「ってことは八十人位ってところか。集団の半数近くが拳銃を所持。けれど練度は低くて、個々の力もたかが知れてる。連中が動く前に、銃刀法違反なり凶器準備集合罪で逮捕出来ないか?」
「出来ますよ。ですが、拳銃がどこにあるか分からない以上、無暗に捕まえても集団の暴走を招くだけです」
「拳銃を持った野獣が放たれる訳か……」
もしもの事でも、考えるだけでゾッとする。
それこそ、先日のような銀行強盗をするかもしれないし、無差別テロを起こすかもしれない。
もし、渋谷スクランブル交差点のど真ん中で銃を乱射したら。
間違いなく、民間人の死者は十人単位で出るだろう。それに、警察官も撃たれる。
警官の銃が奪われ、更に死傷者が増える。
最終的に犯人は、警察かISSによって射殺されるだろう。けれど、それまでに何人の犠牲が出るのか。
銀行強盗の時は三人。じゃあ、今度は?
今考えたのは、最悪に最悪のケースが重なった場合だ。それでも、脳は最悪のケースを想像するのを止めない。
「気分悪くなってきた」
アスファルトに飛び散る鮮血が思い浮かび、頭が痛くなってきた。
俺は矢上に弾と情報のお礼を言って、外の空気を吸いに歩き出す。
ロビーに出た瞬間、コーヒーを置いてきた事を思い出した。
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