生きる資格
親父の言葉の真意が、ようやく分かった。
遠回りだったけれども、高校の時の言葉は親父なりの忠告だったのだろう。
胸が熱くなり、その熱が全身に伝わって気力に変換される。
「巡り巡って……今はISS。武さんが生きてたら、なんて言ったでしょうね」
「……分かりません」
俺は立ち上がり、江戸川に頭を下げた。
「ありがとうございました。話してくれて」
江戸川は俺に向けて敬礼をする。
「幸運を」
「……はい」
俺も敬礼を返した。病室の外では公安の二人がお茶を飲みながら、周囲を警戒していた。
山寺が話しかける。
「話は終わりましたか?」
「……有意義な時間だったよ」
「そうですか」
草薙は腕を組んだまま俺を見ていたが、俺が体をエレベーターに向けた時に言葉を発した。
「一応、公安四課の課長代理として言っておきます。――協力は惜しみませんよ」
「じゃあ遠慮なく」
ニッコリと笑い、病院を後にする。
東の稜線から太陽の光が漏れており、街を覚醒へと導いていた。
寝不足気味の頭を抱え、車のシートに沈みこんだ。ここで仮眠でも取ろうかと思ったが、携帯が騒々しく鳴り響く。
舌打ちして、着信を確認するとマリアのメールだった。
『今から飛行機に乗ります。日本時間だと、羽田空港に午後六時には着くから。』
そのメッセージに『了解。楽しみにしてる』と送り返す。今度こそ目を瞑ろうとしたが、またメールの着信が来た。
今度は矢上からだ。
『赤沼さんが会ったと思われる、陸上自衛官のデータを送ります。確認してください』
添付ファイルのPDFを開く。三人の顔写真と略歴が記されていた。
顔に間違いはないので、矢上に返事のメッセージを送ってから改めてPDFに目を通す。
斎藤幸人一佐。四十九歳、元航空科。既婚。旧姓は佐藤
中田
黒坂
どいつもこいつもえげつない経歴をしているかと思ったが、男二人は真っ当な経歴をしている。
しかし。
「降格? ……黒坂が?」
意外な奴がヤバい過去を持っていた。
沖縄の駐屯地にいた時、傷害事件を起こしている。プロ市民殴り倒して、二尉から准尉へ。
プロ市民も過激な事をやったらしく、事を大きくしたくない自衛隊と事を大きくして騒ぎたいけど、弱みを見せたくない大馬鹿の一進一退の末に黒坂は降格の末に情報本部に流されたらしい。
問題起こした奴を現場に立たせる訳にはいかないけど、騒ぎ立てられるのも厄介なので……とりあえず沖縄から東京に異動ってところだろう。
資料を読み終わったところで、矢上からのメッセージがまた来た。
『今から調査係が世田谷の斎藤の家にガサ入れをします。赤沼さんも行きます?』
友人をボウリングにでも誘うかのような文面に、少し呆れながらも『行く』と返した。
世田谷区にある斎藤の私邸。日本家屋で、そこそこ広い。
その中では、スーツの男達が段ボール箱を持って右往左往していた。
斎藤の部屋は念入りに調べられている。押し入れから本棚の裏に至るまで徹底的だ。
その過程で、調査係はとんでもないモノを見つけた。
斎藤の遺書だ。
妻と子供にあてた二つの白封筒が、机の引き出しに仕舞われていた。
それを見た斎藤の妻は泣き崩れ、子供はキョトンとしていたが泣く母の姿を見てか、不安げな眼差しで俺達を向ける。
なんと言えばいいか分からず、俺は手持ち無沙汰で家を彷徨いていた。
めぼしい証拠類は全て押さえられ、やる事はほぼ無かった。
廊下を抜け、縁側に出る。
そこに、一人の老人が腰掛けぼんやり庭の鳥を眺めていた。
半分に切った蜜柑を刺した棒が小さな花壇にあり、果実を啄みに来た鳥を観察出来るようにしてあるのだ。
「……ムクドリだよ」
老人が口を開く。
「はぁ……」
生憎、鳥に関する知識は持ち合わせていない。それに、無駄話をする気にはなれなかった。
適当に話を聞くことにする。
「えっと、貴方はこの家の人?」
老人が頷く。
「……斎藤幸人さんとは、どんな関係で?」
「……義理の父親かね」
確か、斎藤は入り婿だ。だから、この老人が斎藤家の家長なのだろう。
「昨日、幸人さんはご帰宅されました?」
「いや……。帰ってないねぇ」
「そうですか……。なにか、彼が不審な事してるとか気づきませんでした?」
「……さっきも聞かれたけど、分からないねぇ。自衛隊の情報将校さんだろう? 電話はしょっちゅう掛かってきたしねぇ」
「そうですか……」
収穫は無しだ。斎藤は、陰謀と家庭を分けるタイプらしい。
老人に礼を言い、立ち去ろうとした時。
「お兄さんって、兵隊さん?」
老人がまた口を開いた。しかし、その口調は先程とは違う。
まるで、少年が大人に接するような。
「お国の為に戦ってるんでしょ」
「……?」
理解が追いつかず、眉根を潜めていると斎藤の妻がやって来た。
「父は、アルツハイマー病なんです」
少し合点がいった。
要はボケているのだ。
「記憶の混濁……なんか、小学生に戻ってしまうんですよ。時々」
「なるほど……」
老人の目が俺を見据える。
「加賀が沈没しちゃって、海軍さんは大丈夫?」
「……俺は……陸軍だから分からないな」
話を合わせる。
加賀は、空母の加賀だろう。俺の記憶が正しければ、昭和17年のミッドウェー海戦で沈んだはずだ。
「じゃあ、米兵を殺した?」
「………………」
否定する訳にもいかず、俺は頷く。そうしたら、老人は目を輝かせ俺に一歩分近づいた。
「凄い! 鬼畜野郎を殺したんだ!」
顔が引きつりそうになる。この状態で、夜にアメリカ人女性と会うと言ったら、非国民とでも言われるのか。
それに……この老人からは何とも言えない気持ち悪さがあった。
違和感。言動。
ふと脳裏に、昨日の斎藤の言葉が再生させる。
アイツが創り上げる世界……。弱肉強食の世界に、ボケた義父や自身の妻や子を生きさせる気があったのか。
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