11月18日午後8時39分~50分

 男がヴェクターを構え撃った。動きはほとんど反射に近い。それと同時に全身を巡っていた冷たい血液が、本来の温かさを取り戻した。

 横に跳び、倒れていたテーブルを盾にする。木製のテーブルが銃撃を受け、形を変えていく。

 俺は伏せて、膝の内側にモスバーグを挟み匍匐前進で進む。その後を追うように、弾痕が付いた。

 身を隠すものが無くなり、俺は立ち上がった。ステージ上の男に向けて一発、撃ったが僅かに逸れ散弾は演説台に命中した。

 舌打ちをし、場所を変える。男もステージから降り、三点バーストでけん制射撃をしながら俺を殺しに掛かる。

 俺が柱に隠れると、男も柱の陰に入った。

 おそらく、弾倉を交換しているのだろう。肘が出たタイミングで、一発撃ち込む。

 石材の柱を抉っただけで、当たらなかった。ポンプを動かし、シェルを出す。

 この時点で六発撃っていた。もうチューブにはシェルは入っておらず、最早バットぐらいしか使い道が無い物を投げ捨てる。

 何かガラス製品が割れる音がした。剥き身のホルスターからシグを出す。

 弾は満タン。薬室にも入っている。

 ホルスターのポケットには、二つ弾倉を仕舞ってある。

 合計四十五発。

 これであの男を仕留められるか。

 脳内でシュミレーションを組んでいると、男の声が聞こえてきた。


<俺だ。総員聞け。……探索中の奴はロビーに向かえ、博士が護衛を連れて部隊と戦闘中だ。ロビーで戦闘中の部隊は、容赦するな。ISSの人間を、殺せ>


 わざとらしい声だ。俺に聞かせるために、わざと声を張り上げているに違いない。俺を怒らせ、自分を有利にするためか、それとも。


「聞いたか日本人! お前は殺したのだ! 自分の味方を! 自分の命可愛さにな!」


 男の挑発。


「テメェの命が可愛かったらな! 最初っからこんな仕事やってねぇ! お前もそうだろうが!」


 俺は怒鳴り、柱から出た。男も同じ様に陰から出て来た。並行しながら、互いに銃を撃ち合う。

 しかし、走りながら銃を撃ったところで当たるはずもなく向こうの弾が切れた。銃に気を取られ、視線が俺から逸れた。

 右肩を狙って、引き金を素早く二度引く。二発とも肩に当たり、男のシャツに滲んだ。

 しかし、男の判断も早かった。ヴェクターを捨て、こちらに向けて走って来た。テーブルに飛び乗り、テーブルから俺に向かってドロップキックを繰り出した。

 ガード出来たが、成人男性の質量をモロに喰らったので俺はバランスを崩し倒れた。しかも、その時の衝撃で銃を手から離してしまった。


「ああ、畜生!」


 男は馬乗りになり、俺の顔を殴った。右手が使えないせいで、打撃は左手だけでやっているがかなりキツイ。

 なんとか五回目の打撃を左手で食い止めた。


「痛ぇじゃねぇかクソが!」

「やるじゃないか」


 左腕がプルプルしだす。右腕も重ねようとしたが、俺は気付きそっちの方に手を伸ばした。

 ホルスターに収められていたのは、グロック21。ヴェクターと同じ.45ACP弾を使用するグロックシリーズだ。

 それをむしり取り、引き金に指を掛けた。だが男も気が付き、体をよじって俺の手を振り払う。

 男のその動きに合わせ、左腕を動かし拘束を解いた。

 双方距離を取り、睨み合う。

 俺はシグを拾い上げ、男はグロックを抜く。顔のぬめりを拭うと、手の甲には真っ赤な血がベットリと付いた。

 手を振り、血を飛ばす。それでも鼻血は止まらず、服や絨毯にシミを作る。

 血まみれの手で中途半端に弾が残った弾倉から、満タンの弾倉に交換した。

 男も顔をしかめながら胸と右腕で銃を固定し、スライドを動かした。

 互いの銃は何時でも撃てる状態になり、一触即発の空気が立ち込める。構え、銃口を向けたままで。

 顔を殴られたダメージで、少しふらつきいつも通りに狙いは定まらなかったが、あの男の頭に合わせる。

 時間にして二分。男が目を見開いた。

 俺も同時に目を見開き、撃った。

 俺が放った弾丸は男の側頭部を掠め、血を流す。男が放った弾丸は、俺の頬を掠め血を流した。

 俺と男は後ろに下がりながら銃を撃ち合った。物陰に隠れ銃撃を止める。マガジンを抜き、残弾を確認した。

 マガジンには三発。残り一つの弾倉に交換しようかと考えたが、ある物が目に入り銃にある弾四発を使って、一か八かの賭けに出る事にした。

 呼吸を整える。

 銃だけ出して、男の方に向けて二回撃った。

 そして、俺が物陰から出て走り出すと男も物陰から出て銃を撃ち始めた。

 最初に立っていた場所に戻って来た。俺は立ち止まり、激しい銃撃をボンヤリと眺めていたそれを掴み放り投げる。

 は縦に回転しながら男の方に向かって行く。俺はそれを撃った。僅かに間を空けて、もう一度撃った。

 一度目の弾丸は、ワインのボトルを破壊し壁に吸い込まれて行き二度目の弾丸は、空中で崩れ落ちていくボトルの欠片の間を通り抜け、男の左手に当たった。

 立ち止まった俺を狙っていたのに、射線上に飛んできたボトルに気を取られていた男。

 胸を狙ったのに、大きくズレ手に当たったのは予想外だったが男は痛みでグロックを落としたから、結果オーライだ。

 空になったシグの弾倉を変え、男の元へ行く。

 左右どちらも負傷した彼は、怒りと悲しみが宿った目で俺を見た。グロックを拾い弾倉を抜き、遠くに投げ薬室に入っていた弾もスライドを引いて出し、ポケットに入れた。スライドが下がったままのグロックをテーブルの上に置く。

 こうでもしないと、この男は俺が背を向けた瞬間に撃ちかねない。


「貴様……」


 男は俺を睨んだ。

 俺は無線を出し、男に向けた。


「部下に掛けろ、そしてロビーの奴はどうなったか聞け」

「……お前に撃たれたせいで、腕が使えない。操作はお前がしろ」


 周波数を合わせ、通信ボタンを押す。


是我私だ 罗比的敌人怎么了ロビーの敵はどうだ?>

上队长隊長 所有的敌人都还活着敵はまだ全員生きています 对不起,先生申し訳ありません


 男が驚いたような顔をした。


「なんだって?」

「……全員、生きているようだ」

「……そうか。……じゃあ、取引しよう」

「なんだと?」

「……今ここで撤退命令を出せ。これ以上無益な争いは止めよう。もし出さないのならば、俺はお前の脳味噌を吹き飛ばして、ロビーの奴も皆殺しにする」

「…………」

「お前ももう、仲間が死ぬのは嫌だろう? ……俺だってこれ以上人を殺すのは嫌だ」


 鼻の下で固まった血を剥がし、銃口を向けた。

 男の顔にはもはや、表情と思えるものは無い。能面の様な顔から、俺に向けた恨み言が発せられる。


「……李を殺したクセに、何が『人殺しは嫌』だ」


 銃のグリップを握る力が増し、引き金に深く指を掛けた。

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