11月18日午後8時50分~午後9時1分
「……なんでそんなにリ、リ、リ、って言うんだ。そんなに、死ぬのが惜しい奴だったのか?」
俺のリのイメージは、マリアを絞め殺そうとしたものしかない。だが、この男の反応はそんなイメージとは遠い。
それほどまでに、あの男は慕われていたと言うのか。
俺にはそれが疑問だった。
「ああそうだ! アイツは、こんな所で貴様に殺されるべき人間じゃなかった!」
「……そうか」
「そうだ! あんな無残な屍を晒していい奴じゃ――」
「分かった! 分かったよ! アイツはお前にとっては、いい奴だった! それでいいだろう。……部下に撤退命令を出せ、早く」
男の話を無理矢理切り上げ、俺は男の方に無線機を近づけた。
男は忌々しそうに無線機を見る。俺は銃も近づけた。
『逆らえば、俺はお前を撃つ』という意思表示。俺が通信ボタンを押すと、男は話し始めた。
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無線からは微かに銃声が聞こえる。
<……
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<…………>
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それ以上は何も言わなかった。無線を切り、それをグロックの隣に置く。
「本当に命令を出したか?」
念の為に聞く。
「……ロビーに行って、確かめろ。……俺の命令は絶対だと再三教えたからな」
「…………そうか」
俺は立ち上がり、男に言った。
「……血は止まりかけてる。俺を追ってこない限り、出血死なんて事は無いだろう。外に居た救急隊に、お前の事を伝えておく」
シグをホルスターに入れ、男に背を向けようとしたが。
「李にはな……子供がいたんだ……」
男のその言葉を聞いて、動けなくなった。
「お前はさっき、李の事を『死ぬのが惜しい奴だったのか』と聞いたな。その続きを話してやる……そうだ。もう一度言う。そうだ!」
聞くな。その言葉を聞くな。俺の中の何かが、警報音と共に告げる。それでも、俺は動けなかった。
「アイツがこの作戦に志願したのは、生まれたばかりの子に玩具を買ってやる為だったんだ! お前は、その子や嫁から父親と夫を奪ったんだ! アイツはいい奴だった……若い頃から勤勉で真面目だった。女にも博打にも
横に垂らしていた拳を震える程握り締める。歯を食いしばる。
「お前が殺したんだ!」
頭が怒りで真っ白になった。弾かれる様に俺は男に向かって行き、胸倉を掴んだ。
顔を殴りそうになるのを、拳を振り上げた所で耐え腹の中に溜まっていた思いを吐き出す。
「じゃあなんだ! 目の前で殺されそうになっている相棒を見殺しにしろってのか! 相棒の首を絞めてるのが良い奴だからって、ほおっておけと言うのか!」
男が俺の顔を見た。
「俺はリってのがどんな人物かは知らねぇ。だがな! 死んでいい奴じゃなかったなんて抜かすんならなぁ! 最初っからこんな商売してんじゃねぇ!」
俺は歯を食いしばりながら、呻くように言う。
「……本当に子供の事思ってんなら、とっとと軍なんてやめて戦う事を諦めれば死なずに済んだ。……自分の判断で危ない橋渡っておいて、なにが子供の為だ」
「……だが」
「だがも何もない! じゃあなんだ? 相手に幼い子供がいるからって、目の前で殺されそうになっている相棒を見殺しにしろって言うのか?」
「…………」
「一家の大黒柱を失う辛さは、俺も知っている。けどな、なんの覚悟も決めずに鉄火場に立つ方がおかしいんだよ」
「…………」
「……子供の事を考えると、俺は愚かなことをした思う。それでも、俺は目の前で苦しんでいる人しか、救えないんだよ」
「…………」
「こぼれ落ちていく人も救いたいのに……なんなんだよ、俺は」
歯の間から、葛藤が漏れ出し目からは感情が流れ出る。目の前の男は何も言わなかった。
「リはなぁ……俺の相棒に覆い被さって、相棒に首を絞めてたんだ。……銃で撃ったら、相棒にも当たるかもしれない。そう考えたら、引き金を引けなかった」
「…………」
「咄嗟に掴んだのが、酒瓶だった。俺は相棒を助けるのに必死だったんだ。アイツは俺に助けを求める様に口を開いたんだ……息が出来ないのに……」
「…………」
「俺はリの頭に酒瓶を振り落とした。……悲鳴も無く、倒れた。……死んだんだ」
「…………」
「相棒は助かった。……でも、リは死んだ。……じゃあ、どうすればよかったんだ! 俺はあの時どうしたらよかったんだよ!」
「…………」
「散々人の事なじっておいて、何かないのか?」
「…………」
男の目には様々な感情が渦巻いている。俺は掴んでいた胸倉を放した。
転がっていた肉の塊を怒りに任せて蹴り飛ばし、今度こそ男に背を向ける。男は何も言わなかった。
「……すまなかった。……無線で、あんな事言って。……でも、親友なら言っておくんだったな『お前はいい奴だから、こんな所でこんな仕事をやるんじゃない。軍を辞めて子供の為に、勤勉で真面目に働くんだ』ってな」
俺はそう吐き捨てると、パーティー会場を後にした。
何が正解で、何が間違っているか。
それを知っているのは、誰だ? 神か? 聖典にでも書いてあるのか? ……そんなもの、誰にもわかりはしないのに。
それを追い求めてしまう。
俺はエレベーターに乗る気になれず、階段で下に降りた。一階ロビーの扉を開けると、SWATが突入してきた。
身分証を見せ、四階のパーティー会場に怪我人がいると伝え外に出る。
「浩史!」
マリアが俺の姿を見るなり、飛び込んで来た。
「大丈夫? 怪我してない?」
「……無事。じゃない」
俺のその言葉に、彼女は不安そうな顔になる。
「……でも、生きてる」
俺が言うと、彼女は俺のジャンパーを手渡す。
「ありがとう」
それを受け取り、袖を通した。
俺がやった事は許されざる事だ。こうして足を地に着けている間はその事で悩む事になるだろう。
自分の信念は曲げたくない。耐えても、まだ自分なりの結論は出せそうにない。
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