11月19日午前4時27分~三日後
車は目的地の、ビール空軍基地に到着した。
M4A1ライフルを持った兵士が、窓を叩く。俺はパワーウィンドウを下ろした。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「ISSアメリカ本部の赤沼浩史だ。……フランク博士の護衛だ」
「……IDを確認させろ」
ポケットから身分証を出し、兵士に差し出す。兵士は、顔写真と俺の顔とで視線を二度動かすと、身分証を返した。
「……後ろで寝てるのは?」
兵士は後ろの座席を睨む。助手席には博士、後ろの座席にはマリア達が寝ている。
博士はともかく、マリア達は疲れている。俺も眠い。
「俺の同僚だ。……起こした方がいいか?」
「いや、いい。……ゲートを開ける」
胸に装着してあった無線に話し掛けた。すると、ゲートがゆっくり上がった。
「スイス大使館の人間は、ゲートを入って右手の滑走路にいる。……かなり目立つから、すぐ分かるはずだ」
「分かりました。ありがとうございます」
窓を閉め、車をゆったりと発進させる。『基地内徐行』の看板に従い、ゆっくりと走らせる。
欠伸を噛み殺し、滑走路に出た。
F-15やら、F-16などの戦闘機や固定翼の輸送機が規則的に並んでいる。その様子は、インディペンデンスデイのワンシーンを彷彿とさせた。
奥の方、格納庫の近くに白と青で塗装された小型ジェット機が鎮座していた。
その三メートル程前に車を停めた。
「博士、起きてください。着きましたよ」
優しく肩を揺する。
「……着きました?」
「ええ。空軍基地です」
「…………」
寝起きだからか、少し呆けている。俺は後ろの三人にも声を掛けた。
「おい、起きろ! 着いたぞ!」
一番最初に目を覚ましたのは、ハリーだった。
「……空軍基地か?」
「ハンバーガー屋に、F-16は置いてないだろう」
ハリーは大欠伸をすると、そのボサボサ頭を掻いた。
「……朝?」
今度はシルヴィアが目を覚ました。
「ええそうですよ、お客さん」
「……ビザで支払う」
冗談を言い合っていると、マリアが呻き声を上げた。
「起きたか寝坊助」
「……おはよう」
彼女は眉間を押さえ、背中を伸ばそうとして狭い天井があることに顔をしかめた。
「……行こう。大使館の人がお待ちかねだ」
ドアを開けると、朝特有の新鮮な空気に顔が触れる。東から太陽は昇っていないが、一日の始まりを感じさせた。
俺達全員が車外に出ると、スーツ姿の男女がこちらに来た。
「ISSアメリカ本部の方ですね?」
「ええ」
「博士は……」
「私です」
博士が俺達の隙間から身を乗り出す。
「シーラ博士、初めまして。スイス政府から派遣されてきましたアンナ・ヴェルナーです」
「スイス大使所属、クラウス・ヤルディムです」
二人が自己紹介し、頭を下げる。
「……ISSの皆さん。……この度は、面倒事を押し付けてしまい申し訳ありませんでした」
そして今度は俺達に頭を下げた。確かに面倒事だったが、並の護衛を蹴散らす武力を持つ奴らを相手取れるのは軍隊か俺達しかこの国にはない。
「いや、僕達も彼女をお守り出来て光栄でした」
ISSの四人を代表して、ハリーが返答した。シルヴィアが二人に博士を引き渡そうとすると、彼女が待ったをかける。
「……イートンさん」
「どうしました?」
「これ、お返しします」
そう言って彼女が懐から出したのは、二日前大学で渡されたワルサーPPKだった。
「……どうも」
ハリーはそれを丁寧に受け取り、懐に収めた。
「赤沼さん。アストールさん。カイリーさん。イートンさん。本当に、有難うございました」
深々と頭を下げる博士。
「……博士。私達は、貴女を応援します。……貴女の信念があったから、私達は貴女を全力で守ることが出来ました。今後も、貴女は貴女を信じて貴女が思う正しい事をしてください」
ハリーの言葉は、俺達の気持ちも代弁してくれた。彼女は頷き、そして去って行く。たった二日だったのに、何日も護衛していたような気がする。
色んな事があったし、犠牲も払った。
彼女だって、世間知らずの甘ちゃんではない。自分が守られている裏で、どんな事が起こるか分かっていただろう。
それでも、自分を曲げず強かにいた。
若くして、彼女は彼女を見つけている。尊敬に値する。
それに比べ俺は……。
離陸する飛行機の窓から、博士は手を振っている。その顔は笑顔。
一人の女性を救ったのは確かだ。けど、二人。自分の心に引っ掛かっていた。
朝日が昇り始めた空に、一機のジェット機が飛んでいる。
――博士が帰国してから、三日経った。
報告書を全て提出し、ようやく貰えた休日。目が覚めた時には、既に太陽は西日になっていた。
急いで家から出て、駆け込んだショッピングモールで俺は天体望遠鏡を買った。
その足でレンタカー屋に行き、セダンを一台借りて州立公園に向かう。街灯や人家が無い場所に車を停め、望遠鏡を出した。
贅沢言うと、もっと田舎、砂漠なんかに行きたかったが、仕事の都合上あまり遠くには行けないので諦めた。
それでも、大都会のど真ん中よりはマシだ。説明書片手に調節を済ませ、レンズをの覗き込んだ。
俺の目に映ったのは、満天の星空だった。
詳しくないから、何処にあるあの星がなんたらなんて物は分からない。
それでも、人を感動させるには十分だ。
博士は星空を見て、ロケットエンジンの技術を生み出した。俺はこの美しい空を見て、何をするのか。
そう考えたくても、脳がそれを拒否した。
今はただ、この空を見ていたい。脳が下した結論はそれだ。
俺はいつまでも、星空を見ていた。
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