悪循環

 府中市某所。クラブ『スレイヤー』

 雑居ビルの地下に造られたそこは、周辺の不良・チンピラ・半グレの絶好の溜まり場。

 地下へと続く階段の前に何台も停まっている、改造バイクやビックスクーターが良からぬ客の在店を示している。

 現に、店の中には十人余りのチンピラがいた。

 普段は店で騒いでいる奴らだが、今日はほぼ全員が深刻そうな顔をして押し黙っている。

 けれどその内の一人はかなり苛立っており、己の感情をローテーブルにぶつけた。


「あの野郎! ゼッテーぶっ殺してやる!」


 日サロに通って黒くした顔を今度は赤くして、半グレ集団“ドラゴンスター”のリーダー辻龍斗は怒鳴る。

 その様子を見た、構成員達は宥めるが効果は薄い。それに、構成員達は弱気だ。

 無理もない。

 仲間が一人撃たれ、ISSと警察に目を付けられてしまった。

 暴走行為や喧嘩で警察のお世話になった奴の方が多いチームだが、銃関係で警察に目を付けられるのは全員が初めての事だ。

 人間というのは、物事に慣れるのは早いがその分初めての出来事には過剰に反応する。

 恐怖。そう表現するのが一番近いだろう。

 天上天下唯我独尊。我立つ前に敵は無し。なんて粋がっても、怖いモンは怖い。

 それが人間だ。

 しかし、龍斗は赤沼に煽られた事だけが頭に残り、自身の部下達が危惧している事も自身が置かれてる状況すら、把握出来ていない。

 恐ろしい事に、彼らは武器を持っている。

 愚か者の独裁者が武力と兵隊を持つ。

 それがどういった結果を招くかは、歴史の教科書をめくってみればいい。




 立川市某所。日本ISS本部。

 高校生カップルを取り調べた調査係の担当官が、わざわざ俺の所に来て詳細を伝えてくれた。

 その話は、因果というものを深く俺に印象付けさせる。

 学校の図書室で出会った二人は意気投合……というよりも、真の熱烈なアプローチに折れたアイラが真の告白を受けた。

 それから二人は考える。クソ以下の父親から逃れる術を。

 逃走する際に必要な物は大きく分けて三つ。

 一つは足(移動手段)。

 もう一つは人(逃げた時に頼る人)

 最後は金だ。

 しかも、まとまった金さえあれば、前述の二つを用意できる。

 金が無ければ自分の足で逃げなければならないし、金が無ければ野宿するしかない。

 文明に慣れきった人類には、中々厳しい。

 だが逆に言えば、金があればどうにでもなるのだ。

 けれど、金を稼ごうにも普通のアルバイトでは親父に感づかれ金を奪われるかもしれない。

 もう少し頭が回れば、何か別の方法を見つけられたかもしれないのに……。

 二人は、裏バイトに手を出した。

 SNS等で人を探し、振り込め詐欺の受け子や違法な物の運び屋をやらせ、代わりに高額なバイト代を支払うというものだ。

 法律を犯している親父から逃れる為に、法律を犯してしまうとは。

 それが、後に彼らの首を締めるとは思わなかったのだろう。

 同情はするが、反省はすべきだ。

 数ある闇バイトの中で、彼らが選んだのは運び屋。

 秋葉原駅のコインロッカーから小包を出し、同封されている紙に記されている住所に荷物を届ける。

 小包の中身は拳銃。

 けれど、それを教えられないので彼らは少し重い何かを、ただ住所に届けたという。

 それが去年の今頃。

 しかし、転機は思わぬ方向からやって来た。

 真はいつも通り、小包をある住所に届けた。その住所にあった一軒家のインターホンを鳴らす。すると、中から髪をゴムで縛った女の子が出て来た。

 女の子は小包を受け取ると、真に手を振って家の中に戻っていく。

 ……それから数日後。

 新宿駅爆破テロ未遂事件が起こる。

 その場にいた自衛官が少女から爆弾と拳銃を奪い、人を追い出し地下鉄のホームで爆破させた。

 負傷者は自衛官と、彼を爆弾魔だと勘違いして追いかけた警官数人。

 実行犯の少女は隠し持っていたナイフで自分の胸を刺し、その事件唯一の死者となる。

 親に洗脳され、死の概念を知らぬまま散った少女もとい女の子の顔は、全国ネットで放送された。

 真は背筋が凍っていくのを感じたらしい。

 テレビに映る女の子は、間違いなく先日自分が小包を渡した子なのだから。

 真は自分の雇い主に電話を掛け、問い質した。

 雇い主・苅間莉子はあっさりと自分達に運ばせていたのが、拳銃だと認めた。

 けれど、物を運んだ時点でお前も共犯だと言われ彼は、何も言えなくなってしまう。

 その事を真はアイラに伝えるべきか悩んだが結局伝えられず、不幸は続く。

 アイラはいつもと同じ様に、紙に書いてある住所に行き小包を渡した。

 帰る時、ある車とすれ違う。紫色のシャコタン改造車だ。

 見覚えのあるその車に乗っていたのは。

 海より深く憎んでいる、父親だった。

 小包を渡したのは、チームの構成員で父親は子分が買った玩具を見に来たらしい。

 玩具と言っても……正体は拳銃だが。

 娘が拳銃の運び屋をやっている事を知った龍斗は、それから事あるごとに娘から金をせびるように。


「お前が犯罪者だって事、学校とかで言いふらしてやる」


 そう脅され、為す術もない彼女は金を渡してしまったらしい。

 娘から脅し取った金で銃を買い、また脅して金を取る。

 悪循環だ。

 けれど苅間が捕まり、自身らに捜査の手が及ぶ事を悟った二人は、これまで貯めた金を手に逃げようとした。

 ……家の前に、警官とISS局員がいたのは誤算だったようだが。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る