寄る影

 担当官の話を聞き終え、俺は。


「あの馬鹿共が……」


 そんな言葉を絞り出した。若さ故の過ちやら、若気の至りやら言い表す言葉は数あれど、俺が選んだのは馬鹿の二文字だ。

 話の中で、新宿駅での一件に真が間接的に関わっていた事が明かされたのに、彼に対しては負の感情が湧いてこない。

 “馬鹿”は、闇バイトに手を出した事に対しての言葉だ。

 思う事は多々ある。それでも、自分の身を守る為に必死になった奴らを、俺は責められない。

 守りたい者の為に修羅の道を選んだ人間を、見てきたじゃないか。

 結果はどうであれ、その気持ちは尊重したい。

 俺が立ち上がり、オフィスの外に出ようとすると矢上が声を掛けてきた。


「……行くんですか? あの二人の所に」

「別に、殴りに行く訳じゃない。……なんなら、矢上さんも来たほうがいい」


 自分で決めた事だ。建設的な話をして、前を向いて事を進めていく。

 その為には、あの馬鹿二人に会わなければならない。

 俺と矢上は調査係の応接コーナーに向かった。

 応接コーナーのソファーに腰掛ける二人は、少しだけスッキリした顔をしている。

 今まで抱えていた重い思いを吐き出したのだから、当たり前だろう。

 俺は大きく息を吐き出して、向かいのソファーに座った。


「赤沼さん……」

「事情は聴いた。……色々、大変だったみたいだな」

「………………」

「……“どんなことだって終わりがある。どんな終わり方をするかだ”」

「え?」

「ある映画で、ある医者が言っていたセリフ。絶望的な状況が打破出来ない事を悟ったが故の言葉だったな」


 俺の言葉の意図が理解出来なかったのか、真もアイラもポカンとしている。


「……それを言ったお医者さんは、どうなったんですか?」

「死んだ」

「えっ……」

「それが、その医者の終わり方だったんだよ。それじゃあ、聞こう。……お前等は、どんな終わり方を望む?」


 俺は二人を正面から見据えた。

 真は視線を彷徨わせ、アイラは上目遣いで俺を見る。

 しばらくの沈黙。

 パーテーションに寄りかかった矢上から緊張した目線が送られる。


「……解放されたいです」

「あのクソ親父から、アイラを救ってやりたいです……」


 二人が口を開く。俺は頷き、膝を叩いて立ち上がった。


「分かった。やってやる。この俺が責任を取ってやるから。……調停人はそこの矢上さんでいい」

「赤沼さんの上司じゃなくていいんですか?」

ここ日本ISS本部強襲係の主任は貴方でしょうが。……けれどお前等」

「はい」

「自分達だけが救われるのは、虫が良すぎる。だから、お前等のやった事は責任を取れ」

「……………………」

「俺も法律の専門家じゃないから、詳しい罪状とかは分からない。けれど、ISSの方に得がある情報をくれたら少しは罪が軽くなるかもしれない……言いたい事、分かるよな」

「……はい」

「よっしゃ。じゃあ、早速聞くけどな……辻龍斗のアジトを知りたい」


 俺の頭の中には一つのプランが出来ていた。



 ――時間は少し遡る。

 車は赤坂を離れ、今は四谷を通り過ぎたところだった。

 斎藤は接待の最中は鞄に仕舞っておいた携帯を出す。マナーモードにしていたせいか、鳴らなかった着信音がモードを解いた途端、彼の手の中で鳴り響く。

 着信元は非通知。

 斎藤は躊躇いなく、応答をタップした。


『私です』


 便利屋からだ。


「おう。赤沼一尉の件、どうなった?」

『まだまだ本筋には戻りそうもありませんね』

「まぁ、存分にやってもらおうじゃないか。データじゃ分からない事もある。見せてもらおうじゃないか、赤沼浩史という男を」

『……随分と余裕ですね』

「なに、お前も楽しんでいるんじゃないか? 赤沼との係わりを」

『……確かに、彼は会ったことの無いタイプです。それも、いい方向に』

「やっぱり、楽しんでいるんじゃないか」


 斎藤は愉快そうに笑う。

 電話越しの便利屋もつられて、鈴の様な笑い声を出した。


『私も斎藤さんも仕事の内でしょう。仕事は楽しんだ方がいいに決まってます』

「それもそうだ。だが、羽目を外さないようにしろよ」

『――はい。それじゃあ』


 電話は切れる。いつの間にか、車は靖国通りの近くに来ていた。

 運転席の中田が声を掛けてきた。


「静岡の作戦はいつ頃になりそうです?」

「赤沼君の本気次第だなぁ。元幹部レンジャーが、半グレなんかに手こずる訳がないと思うんだけど。赤沼君が必ずしも首を縦に振るとはかぎらないし」

「……悩ましいですね」

「同士になるかもしれない、数少ない人間なんだけどな」


 斎藤は鼻から大きく息を吐き出し、口端を歪めた。

 信号が変わり、黒塗りの公用車はある建物の正門に吸い込まれて行く。

 正門前に立つ警備員が誘導棒を振り、斎藤らの身分証を確認する。

 斎藤が差し出した身分証や、彼が着ている制服には一等陸佐の階級章が。中田の制服には、三等陸尉の階級章が付いていた。

 斎藤達が走り去り、警備員が元の立ち位置に戻る。

 そんな彼の隣にある青銅製の看板には『防衛省』とあった。

 東京都新宿区市谷本村町5番1号。

 防衛省市ヶ谷地区。通称、市ヶ谷駐屯地。

 日本国防の要となる場所の一つだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る