男達の夜
クラブ『スレイヤー』での会合、というよりもリーダーの憂さ晴らしが終わった後、リーダーは煙草を買いに行ったが子分全員はクラブに残った。
全員が重い溜息を付き、深刻そうな顔をしている。
「付き合いきれねぇよ……」
所属歴が一番短い奴が呟くがそれは分かりきったことであり、それを咎める者はいない。
けれども、逆らうことは出来ないのだ。
彼らにとって、辻龍斗というのはそんな人物だった。
所詮、ここに集まっているのは個々の力では天辺どころか小物の中の大物にもなれない雑魚。
万引き、カツアゲ、暴走、喧嘩を繰り返し。
リーゼントでツッパリ。特攻服に『暴走天使』なんて刺繍するのは化石だと決めつけ。
“俺の物は俺の物、お前の物も俺の物”でお馴染みの都内在住の小学生ですら持ち合わせる親友や男気もなく、生産性もない、怠惰で世の中を舐め腐った性根を持ち。
警察に補導されようものなら。
「知らなかった」「僕達は未成年だから許される」「なんで?」
などと馬鹿な言い訳をほざき、警官達の手を焼かす。
幼稚園児ですら、もう少しマトモな言い訳を考えるというのに。
そんな雑魚共を暴力で鳴らし、束ねたのが辻龍斗だった。
警察のお世話になるというのは、ヤンチャ坊主達の間ではある種の勲章みたいなものだが、ある一定のラインを超えると尊敬混じりの畏怖の念が込められる。
そのラインは、刑務所生活経験済み。要は前科持ちだ。
銃刀法違反で三年入っていた龍斗は、それまで界隈で幅を利かせていた奴等を文字通り蹴落とし、半グレ集団『ドラゴンスター』を作りあげたのだ。
雑魚も集まれば立派なチームとなる。
競合相手が居なくなった東京北西部の裏を牛耳り、今の今までお山の大将とその子分をやっていたのだ。
強い奴の傘の下でぬくぬくとしていた彼等にとって、今まで吸ってきた甘い蜜が急に苦くなったようなものである。
「どうする?」
幹部の一人が呟くが、答えは返ってこない。
自分で考えずに集団心理で物事を決める甘ったれ達に、今後の人生に関わるであろう事を決められなかった。
そんな人間に対し、流れは更に強くなる。
「ったく、クソが……」
咥え煙草の龍斗が卓に戻ってきたのだ。彼は子分を一瞥し、舌打ちをする。
上座を陣取り酒をラッパ飲みした後、仲間に命令した。
「明日、あの計画を発動させるから、仲間集めろ」
大量の拳銃と士気の高い兵隊によって成り立つその計画は、今の彼らが行うには難易度が高いものだった。
「……無理っすよ」
皆に意見を求めた幹部が口を開く。
「龍斗さん……もう、無理です」
「あ?」
龍斗は持っていた酒瓶を置き、幹部を睨む。
「警察にも、ISSにも目ぇ付けられて……もう、どうにもなりませんよ」
「あの計画が成功すれば、天下取ったも同然だろ! 今更引くのか!?」
「冷静に考えてください! 村田を撃ったISSの人、三階から飛び降りてピンピンしてたんでしょ? そんな人を敵に回したんですよ……」
「銃があれば何人でも殺せるだろぉ!」
「向こうは俺達より高性能な銃を持ってるかも――いや、持ってます!」
「なんだぁ? テメェ。このドラゴンスターが負けるってのか?」
「このままやれば、十中八九。俺達は負けて、ムショ行きです」
「うるせぇ! とにかくやるんだ! これは命令だ! これまでテメェ等に散々甘い蜜吸わせてやったろうが! その事忘れたのか!」
売り言葉に買い言葉。
今置かれている状況を見れば、幹部が言っている事の方が正しい。
だが、彼は話す相手とその様子を間違っていた。
彼は勇敢と蛮勇の違いが分かっていなかったのだ。
だから、抵抗を止めなかった。
「諦め――」
彼の“ましょう”は銃声でかき消される。
彼は、自身の胸に空いた穴とその周囲に滲む血を視認した後、ゆっくりと崩れ落ち、二度と立ち上がる事は無かった。
絶句。
倒れた仲間の亡骸を前に、他の仲間は何も言えず撃った辻本人は笑っている。
辻の笑い声は徐々に大きくなり、それが醸し出す不気味さも沈黙に拍車を掛ける。
「人殺すのって、簡単なんだな……」
そう呟き、辻はスタームルガーP85の銃口を向けた。
「お前等、こうなりたくなかったら……分かってるよな?」
「は、はい……」
何人かの構成員が小声で肯定したり、頷いたりする様子を見て満足げに笑顔を見せて銃を仕舞った。
「それじゃあ、仲間集めとけよ」
それだけ言い残し、鼻歌まじりに辻は去って行く。
残された構成員は血だまりに沈む仲間だったものを、ただ眺めていた。
大淵とアイラから得た情報は、とても参考になる物だった。助手席に乗り込む矢上の顔も、どこか綻んでいる。
「どうします?」
矢上が問いかける。俺の手には、二人から聞いた住所を記したメモ。
そこには、二つの住所が書かれている。
一つは府中にあるクラブ『スレイヤー』。アイラの話だと、ここを溜まり場にしているらしい。
もう一つは、歌舞伎町にあるソープランドだ。
これは大淵からの情報だった。
前に配達に行った、岩科という構成員の家にその店の名刺があったらしい。
いる可能性としては、クラブの方が高いが。
「ソープの方に賭けるか」
俺は大穴を狙う事にした。
「何故です?」
当然、矢上が質問してくる。
「……勝手な予想だけど。ボスの龍斗は、今頃カンカンに怒ってる。そしたら、部下に八つ当たりすると思うんだよ。……今日は、娘の皮を被ったサンドバッグが居ないから」
「私達が聞いた性格上、そうでしょうね」
「八つ当たりされたらむしゃくしゃするだろ?」
「ええ。だから、そのストレスを一発抜いて解消しているかもしれないってことですか」
「流石、読みが早い」
「けれど、安パイを逃すのは惜しいですよ」
「……それなら、保険を掛けとこう」
俺は財布から江戸川の名刺を出し、電話番号を確認した。
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