深まる混沌

 双眼鏡で都道に構成されつつある、陣地を確認する。


「……やばいですね」


 公安のヤマデラが声を漏らす。双眼鏡を貸してもらい、同じ場所を見る。

 そこにあったのは、対戦車砲だった。

 しかも二門ある。


「……テロリストどころか、ちょっとした軍隊ね」


 クサナギは呆れた様な口調でそう言った。

 屋上での狙撃から約三十分が経った。向こうはかなり慎重になったようで、あれ以来ちょっかい出してこず膠着状態になっている。

 初撃で何人か狙撃で始末したおかげで、敵側に“スナイパーがいる”という事実と“いつ何処から撃たれるか分からない”というプレッシャーを教え込むことが出来た。

 しばらくは敵が何かすることは無いだろう。


「……ええ。ですから…………ええ、奴等は軍隊並みの装備を持っています。警察の装備じゃ対処できません。…………はい、勿論そうです。ですが、事には限度があります。……じゃあ聞きますが、貴方達は――」


 先程からヤガミは電話で押し問答を繰り返している。

 相手は警察の偉い人達。

 応援に来る来ないで、その人達と揉めているらしい。

 名誉挽回すべく、格上のISSのピンチに駆け付け事態の解決に一役買う。

 というシナリオを描いているらしいが、事態が事態の為ヤガミは来ないでほしいらしい。

 そりゃそうだ。

 来たところで、無駄死にするだけだろう。

 向こうには機関銃も対戦車砲もある。目の前の一直線の道路で待ち伏せされたら、ひとたまりもない。

 攻撃ヘリでもあれば話は別だろうが、警察にそんな豪華なモンは装備してないだろう。

 ヤガミは遂に怒り、電話を叩き切った。

 そして、今度は自衛隊の方に電話を掛け始めた。

 

「……ピリピリしてますね」

「そうね」


 公安の二人は完全にアウェーとなっており、双眼鏡を覗いている。

 そんな時だった。


「……あれ弓立ちゃんじゃないですか?」


 ヤマデラの声が聞こえた。

 咄嗟に彼の双眼鏡をひったくり、それを覗き込んだ。

 トラックのそばに立っている。

 他の構成員と同じ様な迷彩服を着ていてすぐには分からなかったが、顔を上げたら彼女なのが分かった。

 相変わらず、気味の悪いニヤケ顔だ。

 手には、何故かメガホンが握られている。

 すると彼女はそれを口元に寄せ。


「あー! あー! テステス」


 そんな事を言い出した。


「……何がしたいの?」


 思わず困惑顔になる。だが、それもすぐに納得する事になる。


「日本ISS本部の局員の皆さんに通告です。今から五分以内に、赤沼浩史元一尉を差し出してください。差し出さなかったり、五分を過ぎれば……こちらにある全火力を投入して、皆さんを皆殺しにします。……それじゃあ、よーいスタート」


 弓立が去って行く。

 日本語で言われたその宣告を、理解は出来なかった。

 それでも、私達が置かれている状況が酷いことは伝わった。



 新宿区。国道20号防衛線。

 一瞬だけな気がするし、長い時間気を失っていたような気もする。

 とにもかくにも、重い瞼を開けるとそばまで構成員達が来ていた。

 P226を抜き、一番近くにいた奴を殺す。

 幸い、SCARはスリングで首から吊っていたので無くしてはいなかった。立ち上がり、周囲を確認する。

 どうやら、弾は軽装甲機動車に命中したようだった。

 先程まで銃座に付いていたはずの隊員の上半身が、アスファルトに転がっている。

 防衛線は壊滅寸前。

 生き残った隊員達が応戦しているが、構成員達も中々な動きをしている。

 つい先日、清水港で戦った時とは段違いだ。

 どこか実戦慣れした様な、そんな気配を漂わせている。


「……あの馬鹿弓立、いったい何を仕込みやがった」


 悪態を付く。痛み耐えながら、引き金を引く。

 向こうも半分近くやられているが、戦闘の意思が薄れる気配は無い。

 それに、仲間が血を流していて悶えていても助けず、銃を撃っている。

 今自分が相手にしているのは、本当に人間か? そんな疑問が脳裏をよぎる。

 しかし、答えは出ない。

 人間だと断言できれば、まだ同情も出来たかもしれないのに。

 苦い感情が心を支配した時。

 戦闘に変化が訪れた。

 構成員達が、一度引き始めたのだ。

 

「なんだ?」


 構成員達はトラックの陰に潜み、出てこなくなった。

 体が動き出す前に、無線が入る。


『総員撤退。負傷者をトラックに乗せろ!』


 構成員達の行動は気になったが、今は引く方を優先した方が良いだろう。

 銃口をトラックに向けつつ、ゆっくり後ろに下がる。

 空に暗雲が立ち込め始める。それが、俺には状況の悪化を嘲笑っているかのように映った。

 新宿中央公園内まで戻り、近くにいた佐官に状況を尋ねる。


「ここと立川で、無反動砲やロケットランチャーの所有が確認された。……今は内閣で、攻撃ヘリや対戦車武器の対人使用について話しているらしい」

「……ISSは、ヘリや対戦車兵器は所有していませんからね」


 ISSはその組織の構成上“味方だと嬉しいが、敵に回すと恐ろしい”立場にある。

 だからその分、ハンデを負わされたのだ。

 それがヘリや航空機の所有禁止と、対戦車兵器の所有禁止だ。

 最初は警察。次にISS。それでも駄目だったら、自衛隊。

 そんな順番だったのが、今回は数段飛ばしで事が起きてしまった。

 未然に事を防ぐはずの公安の一員が今回の首謀者で、国を守るはずの自衛官が関わっていて、ISS局員が主に被害を被り……とまぁ、複数の組織を巻き込んだ上での騒動。

 意図したものなのか、いつの間にかそうなってしまったのか。

 それは本人のみぞ知るが、この状態が意図的でないとするなら弓立は……ある種の天才と言える。

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