ピンチと発想
本部は弓立の宣言以降、上から下への大騒ぎだった。
バリケードを強固にしたり、軽機関銃を用意したり、弾倉に弾を込めたり……。
五分では満足には出来なかったが、それでも不安は紛れた。
しかし、強襲係のオフィスは葬儀会場と錯覚するほど、静まり返っている。
私もSR-25のトリガーガードに指を掛け、唾を飲み込んだ。
浩史を差し出した所で、あの女が引き下がるとは思えないし……そもそも、浩史はこの場にいない。
携帯は繋がらないし、ヤガミに頼み浩史に繋いでもらおうとしたが、現場は混乱しておりそれは難しいらしい。
「でもまぁ……やる事はやりました。“人事を尽くして天命を待つ”って言葉を信じましょう」
ヤガミがデスクの上にアサルトライフル弾倉を積み上げながら、一字一句刻むように言う。
周囲の人々も覚悟を決め、銃口を地上に向ける。
「五分経ったわ。……警告はしましたからね、悪く思わないでください」
弓立がハンドサインを陰に送ると、予想した通りロケットランチャーを持った構成員が飛び出してきた。
ほぼ反射で引き金を引き、腰に当てる。
だが、それと同時に四人ほど現れ正面玄関に向かって全力疾走した。
ミニミ軽機関銃が軽快な銃声を響かせ、弾幕を張る。
二人ほど倒れるが、もう二人は弾幕から上手く逃れシャッターに張り付く。
「引き金をガク引きするな! 当たるモンも当たらなくなるぞ!」
誰かが叫ぶ。けれど、最後の方は爆音に紛れてしまった。
「爆弾だ!」
シャッターにでも投げつけられたか。
勿論、そんなもんじゃビクともしないが、私達を驚かすには十分だった。
「……壊れないんでしょうね?」
「C4ぐらいじゃ壊れません。……戦車の突撃とか砲撃でも受ければ話は別ですけどね」
クサナギの質問に淡々と答えるヤガミ。何処の国でもそう簡単に戦車が出てくる訳がない。故に、そのシャッターがそう簡単に破られる訳がない。
理論としては納得するが、あのキチガイがそんなセオリーに従うか怪しい所だ。
そして、予想通りそのセオリーは崩れ落ちる。
「……おいおい! トラック動いてないか?」
その声で視線をトラックに向けた。止まっていたはずのトラックが、徐々に動き出していた。
「……突っ込む気?」
トラックはスピードを上げ、一直線に正面に向かっている。
「止めろ止めろ!」
そこに集中砲火を浴びせるが、堅牢性にかけては公道を走る車においてはピカイチのトラックにライフル弾は心もとなさ過ぎた。
健闘虚しく、トラックは駐車場に停められた車を弾き飛ばしながら、正面玄関に突っ込んだ。
「被害状況は?」
ヤガミが無線で聞く。
『ザッ――ャッターが、少…………こんで――ザザ……』
「悪い! よく聞こえない! もう一度――」
“言ってくれ”とでも言いたかったのだろうが、声は出なかった。
爆発音と共に建物は大きく揺れ、無線からは雑音しか聞こえなくなる。
窓の外では黒煙が立ち昇り、視界を塞いでいた。
「……トラック爆弾」
ヤガミは力なく、そう呟く。
黒煙の切れ間から見えるのは、迷彩服の集団が本部内に入って行く様子だった。
新宿区上空。
陸上自衛隊所属の多用途ヘリコプターUH-2。
それは、都庁を中心とした新宿区から渋谷区にかけての範囲を観測していた。
国道20号防衛線の崩壊以降、大型トラックから半径五キロ圏内の道を全て封鎖し、空からテロリスト達の動きを見張っているのだ。
ヘリのパイロットは無線で、現状を報告する。
「こちら撫子8。新国立劇場付近に、テロリスト二名発見。オクレ」
『花屋了解。……映像を送れ』
パイロットはヘリコプター映像伝送装置を起動させ、リアルタイムの映像を送る。
レンズに捉えたテロリスト達は、銃を持ち何かを探しているようだった。
『映像を確認した。……今、トラックを離れているのは彼等だけか』
「ああ。そうだ」
『了解。たった今、木更津からコブラが四機出動した。そちらで目視出来次第、木更津の方に帰投せよ』
そのヘリは立川駐屯地所属の機体だったが、立川は離発着が難しい状況にある。
パイロットは不安になった。
現在進行形で、この街で何が起きているのか。駐屯地はどうなっているのか。
教えてはくれない。任務に支障をきたしてはならないからだ。
そんな不安を抱えたまま、ヘリは飛んでいる。
新宿中央公園内。
携帯電話を開く。不在着信が大量に入っていた。
マリアからの着信が一番多い。だが、今掛けても『現在回線が混みあっています』という機会音声が流れるだけだ。
精々、無事でいてくれと願うだけしか出来ない。
数分下手すれば数秒単位で掛けていた着信を見ているだけで、耳の奥が痛くなってくる。
マリアから目を背ける様にして、着信の山を見ていると弟からのメールを見つけた。
館山の方にある、父方の祖父の家に疎開したとのメールだった。
九十近い祖父に姪っ子が抱かれている写真が添付されている。
還暦過ぎても漁師を現役でやっていただけあって、まだまだ体格はがっしりとしている。
老人としては元気な部類だが、最近は弱っているらしい。
……最後に会ったのは、俺がレンジャー課程を終えた頃だったか。
親父代わりは言い過ぎだが、大黒柱を失った赤沼家に力を分けてくれた。
半ば現実逃避の回想は、ある一つのビジョンにかき消される。
斎藤老人。
あの奇妙な老人の目と佇まい。
俺の知る老人像とかけ離れたあの老人。祖父とは大して年は変わらないはずなのに……何かが欠けている気がする。
思考が深まるにつれ、周囲の音が小さくなっていく。
「コブラ、木更津を――――」
重要な情報を聞き逃す程に。
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