防衛線

 都庁から出て、国道に向かう。

 外に出ると見慣れた迷彩服着た益荒男達が歩き、見慣れた車両群が横切る光景が目に入った。


「……まるで戦場だな」


 自動小銃背負っておいて馬鹿らしいが、口にせずにはいられない。


「民間人の避難は完了。後は……やるだけです」

「何で止めるの?」


 純粋な質問をぶつける。

 中東の派遣時には、84ミリ無反動砲を自爆車両の阻止用に持って行ったらしいが、今回の出動ではそんな物騒な代物の運用は許されてなかったはずだ。

 それに、5.56ミリ弾で十トントラックが止まるとは思えない。


「06式小銃てき弾を使います」

「……ああ!」


 陸上自衛隊の普通科では、米軍なんかで使ってるようなアドオン式の擲弾発射器グレネードランチャーは採用してない。

 だから、それにとって代わるのが小銃擲弾ライフルグレネードだ。

 小銃弾のエネルギーを使って発射するグレネード弾で、射程距離は二百五十から三百五十ある。


「それで足止めした後、96式装甲車で退路を断ち、装甲車でテロリストを制圧します」

「まぁ、その方がいいだろうな」


 下手に撃ち合いさせるよりか、その方が犠牲は出ない。

 いささか過剰な気はするが、それも致し方がない。……弓立が喧嘩を売ったのは、国家なのだ。

 狂気VS現実。

 狂気が国を飲み込まんとするならば、現実がそれを阻止しようとする。

 当然の構図だ。

 要は、殴られそうになった時反射で頭を守るのと同じ事。

 ……そう考えると、この動き全体がまるで人体の働きの一部の様に思えてきた。

 さながら、俺達は白血球と言ったところか。

 だが。


「……ガン細胞じゃない事を祈ろう」


 アレは白血球どうこうでなんとかなる話じゃない。


「我々はバックアップです。作戦が失敗した際は……我が出向いて各個撃破です」

「……せめて無反動砲が使えればなぁ」


 そんな事を話しながら、首都高の高架下まで来た。

 バリケードや73式小型トラックで簡単な防壁が築かれ、その四百メートルほど離れた脇道には、話通り96式装輪装甲車が停められている。

 バリケードの内側では、普通科隊員がソワソワとトラックが来るであろう方向を見つめている。

 俺は腕時計を確認した。

 高速を爆走しているなら、もうそろそろ来てもおかしくは無い。



 新宿中央公園。治安出動部隊指令テント内。

 無線係の隊員が、トラックを追尾している東部方面航空隊所属のOH-1観測ヘリからの連絡を受け取る。


『金木犀3より花屋本部。害虫は初台ICで下りる模様。オクレ』

「花屋了解」


 隊員が治安出動部隊総司令――第一師団副長に報告する。

 彼は頷き、国道20号防衛線の指揮官に連絡する。


「……無線は聞いたか?」

『はい。……司令、攻撃許可を』

「……攻撃を許可する。なんとしても、これ以上の暴挙を止めさせるんだ」


 八王子ICの銃撃騒ぎ以降、総理は治安出動部隊に対し火器の使用を許可した。

 首都での無差別なテロ行為を食い止めるためだ。

 ……だが、満足ではない。治安出動部隊の装備だって、十分とは言えないし無差別に人を撃つようなキチガイ達がこれで止まるとは思えない。

 事を察する時には、いつも手遅れになっている。

 この作戦がそうでない事を、祈るしかなかった。



 大型トラックが猛牛の如く突っ込んでくるのを視認した。


「ギリギリまで引き付けろ!」


 小隊長が叫び、小銃の先に06式擲弾を装着した隊員二名がバリケードの内側ギリギリに立つ。

 先程まで落ち着きが無かった他の隊員も、今は静かに経過を見守っている。


「……撃てっ!」


 銃床を地面に着け、隊員は引き金を引いた。くもぐった音が聞こえ、数秒後三百メートル程まで近づいた大型トラックの前輪を破裂する。

 爆発音と共にコントールを失ったトラックは、高速の柱に突っ込んだ。

 すぐさま、後方の装甲車が動き道を塞ぐ。

 普通科隊員が小銃を構える。

 小隊長がメガホンを手に、投降を促す。

 返答は無いまま後ろの扉が開き、何人かの構成員が降りてきた。


「なんだ?」


 彼等の手には、筒状の何か。

 それをこちらに向けた瞬間、強烈な寒気が俺を貫いた。


「伏せろ!」


 次の瞬間、俺の斜め前に駐車されていた小型トラックが爆発した。


「ランチャーだ!」


 誰かが叫ぶ。数人の隊員が小銃を撃つ。

 大型トラックの後方を塞いでいた装甲車の側面が少しへこみ、焦げていた。

 更に爆発音がしたと思ったら、今度はもう一台の装甲車が爆発した。

 よく見ると、構成員が一回目に撃ったものではなく84ミリ無反動砲だ。


「奴等、対戦車砲まで持ってんのか!?」


 俺もSCARを構え、構成員達に向かって発砲する。

 あんな物をもう一度陣地に撃ち込まれたら、堪ったもんじゃない。

 軽装甲機動車の銃座に付けられたミニミが火を吹く。

 五人近くの構成員が死んだが、他の構成員はそれを気にも留めずM16に装着されているM203を使ってきた。

 何発かは陣地に届かず、アスファルト舗装を吹き飛ばしただけだったが一発陣地のど真ん中に命中した。

 俺の顔に血飛沫が飛び、目をやられたらしい隊員の悲鳴が上がる。

 負傷者を物陰まで運ぶ。先程のグレネード弾で、こちらは三人程やられた。

 構成員達はコツを掴んだようで、前進しつつ陣地内にグレネード弾を放り込んでくる。

 小隊長が通信係に詰め寄る。

 

「ヘリは!」

「今来ます!」


 騒々しいローター音が高架下に響く。

 低空飛行で侵入したヘリは、腹を見せドアガンのM2重機関銃で攻撃を始めた。

 当然、無反動砲でヘリを狙う者がいたが早々に撃たれる。

 しかし、無反動砲は一門だけじゃなかった。別方向から、M72が発射された。

 そこは丁度、陣地からは死角になっている場所だった。

 ヘリは対戦車ロケットを避け、一度離脱する。

 その間、ヘリからのフレンドリーファイアを防止するために前線にいた隊員が頭を下げていたのが災いする。

 今しがた発射を阻止された無反動砲を、構成員達が使っているのを確認するのが僅かに遅れたのだ。

 俺が更なる寒気を感じた時には、ロケットは既に発射されていた。

 爆発の瞬間。俺の脳裏いっぱいに、マリアの笑顔が浮かんだ。

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