重い銃弾を放て
新宿駅での決闘を終え、連行された弓立は容疑を認め、素直に取り調べに応じているという。
その事で驚いたのは、斎藤の妻が弓立の弁護士費用を出すと言った事だ。
確かに、彼女にとって弓立は腹違いの妹になる。
更に言えば、実の父親がこの状況を創り上げたのだ。
ならば別段、不思議な事ではない。
むしろ出すのが義理だろう。けれど、彼女は違った。
完全に一人の人間として、最初から弓立を見ていたのだ。
斎藤の妻にとって、弓立涼子は異母姉妹でもなんでもなくただの“親の因果のせいで、人生を棒に振らざる負えなかった女の子”として見ている。
知らぬが仏と言うか、義理と人情を秤にかけりゃあ義理が重たいのは『男の世界』だけなのか。
更に驚いたのは、弓立は異母姉妹を何の抵抗もなく受け入れた事だ。
打算的な行動かと勘繰ったが、様子を見た限りでは、弓立も斎藤の妻の事を純粋に“年が離れたお姉さん”と見ていた。
気さくに話す様子は、まるで憑き物が落ちたというべきか。
それとも、あれが本来の弓立涼子と言うべきなのか。
その判断は俺には付かず、曖昧な笑みを弓立に投げかけた。
斎藤も罪状を認め、取り調べに応じている。
相当腕の良い弁護士が付くらしく、江戸川さん曰く「子供が学ランを着る頃には、シャバに出られる」らしい。
ニュースでは、弓立の事をクローズアップして報道していたので、すっかり影が薄くなってしまったが奴も実行犯だ。
重い十字架を背負い、これから生きていくのだ。
せめてもの救いは、自分の嫁に愛想を尽かされていない事か。
それとも、父に夫に異母妹が犯罪者なのを受け止め、尚且つそれでも愛せる広い器を持った嫁を貰った事か。
せめて、奴がシャバに出る頃には、少しでも良い世の中になっている事を祈るばかりだ。
……老人は自分が犯した罪を認めず、ただただ捜査員に喚き散らす毎日らしく、公安のご両人は呆れていた。
それに、これはいずれバレる事だったにせよ、この国で蠢く魑魅魍魎の存在を公安四課は知ってしまった。
そこら辺の説明は矢上や日本支部の偉い人がしたから大した心配はしていないし、むしろ、これで俺達も動きやすくなるのかもしれない。
これまでの常識から外れた行動を取ってきた老人は、狂ったように自分が
それを草薙の口から聞いた時は「自分がやった事棚に上げてんじゃねぇ」と思ったが、その後に草薙が呟いた「アレは病気に違いない。不治の病」という言葉が、老人の救い難さを端的に表している。
……まったく、馬鹿に付ける薬は無いとは言ったものだ。
せめて、散々苦しんだ後に煉獄でも無間地獄にでも落ちてほしいものだ。
老人逮捕から五日が経った。
事件の後始末をそこそこに、俺とマリアはアメリカへ帰る事にした。
アメリカ本部の仕事だって溜まっているし、強襲係だっていつまでも係員二名の穴を空けたくないらしい。
メリッサ班長からの留守番メッセージを聞き、それを実感した。
というか、俺が日本へ帰ってきた理由は親父の墓参りの為であり、更に言えば休暇中だったはずだ。
……思えば、この二週間ほどの期間は激動だった。
色んな事が起きた。いや、起き過ぎだ。
けれど身体は休息を求める事無く、動き続けた。
後悔は無い。“もし”を考え始めたらキリがない事は、知っているしその虚しさも体験したからだ。
「疲れたね」
俺の身体にもたれ掛かったマリアが、ウトウトしながらそう呟く。
「……そうだな」
空港へ向かうタクシーの中。酷く重い身体をシートに預けながら、俺は流れる景色を見ていた。
道路では、治安出動していた自衛隊の部隊が撤収作業を行っている。
車通りも元通りになっていて、まだ街ゆく人は少ないが次第に戻ってくるだろう。
“日常”は戻りつつある。でも、一度壊れた物は元通りにはならない。
その事実が、俺の心の中で重しになっている。
けれど、人間は前に進むことにしか出来ないのだ。泣こうが喚こうが、関係なく。
俺は視線を自分の右手に移した。
多くの人を殴り、引き金を引いてきた右手だ。
……数か月前、薬物で支配されていた殺し屋の頭を撃ったのを思い出す。
その時、俺は確か。
『自分が放った人殺しの弾丸は悪党が放つ銃弾と違う、重い銃弾だったのか?』
そう考えた。
そして今になって、そんな疑問の答えの欠片がようやく一つ見つかった気がした。
俺が放つ銃弾も。
悪党が放つ銃弾も。
本質に変わりはない。当たれば痛いし、下手すれば死ぬ。
更に言えば、銃弾自体にも変わりはない。
俺が放ってきた銃弾も人を救ってきたが、悪党が放った銃弾でも救われる人はいた。
要は、その二つに明確な違いは無いのだ。
でも、一つだけ言える事は。
『俺が撃つのを止めたら、救える人も救えなくなる』
という事だ。
新宿駅のあの時だって、俺が撃っていたから何十人何百人という人間が傷つかずに済んだ。
マリアを助けたあの時だって、撃たなければ二人共死んでいた。
言い出すとキリがないくらい、俺は銃に救われてきた。
それはこの世界にいる大多数の人間に当てはまる事である。
ならば、俺が放った銃弾の存在を肯定してやろうと思う。
でも、行為自体は許される物ではない。
きっと、俺も地獄に落ちるだろう。
だが、命が止まるその日まで……俺は、戦い続ける。
覚悟を胸に、右手に銃を握りながら。
《重い銃弾 終》
重い銃弾 タヌキ @jgsdf
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