嫌な予感

 船内の掃討は大した苦労は無かった。

 先に行く警察部隊が現れる敵を倒すし、なにより敵の質が低い。

 反動の大きい銃をろくに構えもせずに撃ったり、発射レートの高い銃に振り回され挙句弾切れを起こすと言う体たらく。

 俺達ISS組は一切撃つことなく、操舵室まで来た。学校の教室二部屋分の広さの空間に、ヨレヨレのTシャツ姿の男達が五人いる。


「動くな!」


 警察部隊の一人がMP5を向ける。パラパラと男達が両手を上げ、投降していく。扇状に展開し、男達を包囲する。

 ジリジリ近づいて拘束しようとするが、俺は背筋に冷たい物が走るのを感じた。

 次の瞬間、緑色のTシャツを着た男が机の上にあったスイッチの様な物を掴んだ。

 俺は男に向けて撃った。

 男の手ごと、スイッチを撃ち壊す。男が倒れ、その衝撃で机の上にあった書類の束が舞う。


「ファック!」


 男の一人が悪態をつく。


「こっちの台詞じゃボケ!」


 血まみれのスイッチを拾う。


「何だこれは!」


 穴が空いた手を押さえている男は、泣き声で言う


「ば、爆弾のスイッチだ……この部屋全体に仕掛けて……ある……」


 その声を聞いて、警察部隊が無線に怒鳴った。


「こちら操舵室、爆発物が仕掛けられている模様! 至急、爆発物処理班の出動を要請する!」

「救護班も要請してくれ」


 俺は自分のハンカチを使って、男の止血をした。手の甲、小指から中指まで銃弾によって吹き飛んでいる。この手じゃもう銃を握れそうにない。

 視線を手から床に散らばった書類に移す。その内の一つが目についた。


「……これは?」


 それは帳簿だった。金の流れ、顧客情報、これを見れば大体の事が分かるだろう。


「なぁ……これ……」


 一番近くに居た同僚を呼び、それ見せた。


「おい、これ……帳簿か?」

「みたいだな」


 一ページめくる。日付は二年前から始まっていた。


「……一番最初の客は、NYのギャングだな。拳銃五丁に、九ミリパラを三百発」


 同僚が呟く。内容は千差万別で、たった一人だけの客や大隊規模の注文まで受け付け品物も、二十二口径のチャチな拳銃から五十口径の対物ライフルまで幅広い。

 二年間での売り上げは百万ドル近く。武器は小国の軍隊を凌ぐ程、ここから流れていた。

 そして、一か月前の顧客に俺は驚くことになった。


「中国……ノースコリア、北朝鮮か!」

「どうした」

「……この前俺達、護衛任務をやったのは知ってるな」

「ああ……。フランク博士だっけ?」

「そうだ。その時襲ってきた連中、ここで武器を買ったんだ」

「間違いないのか?」

「武器の種類、アタッチメント。全て符合している」

「中国の人民解放軍第七四特別作戦隊に、北朝鮮の白星急行か。……調査係に回しとけ、裏取りを頼むのを忘れるな」

「分かった」


 甲板に出る。そこでは、調査係の面々と警官達がコンテナを開けていた。顔見知りの調査係員に声を掛ける。


「これを操舵室で見つけたんだが……」


 持っていた帳簿を差し出す。それを受け取った瞬間、調査員の目が見開かれた。


「帳簿か、お手柄だな。これがあれば、顧客なんかも一網打尽に出来る」


 声には興奮が混じっていた。彼は新しい絵本を手にした幼児みたいに、一心不乱といった様子でページをめくる。


「それと先日、デンバー郊外で逮捕された北朝鮮の部隊とラスベガスで逮捕された中国の戦闘部隊が、ここで銃を買ったようで」

「ほう」

「裏取りを頼めます?」

「いいよ。仕事だし」


 彼はそう言ったが、興奮に満ちていた顔が曇っていく。


「そんなに嫌なら……」

「ん? 嫌、裏取りが嫌なんじゃなくてさ」


 帳簿の奥の方のページを見せられた。

 会社名と住所が書かれている。どうやら、ロサンゼルスにある貿易会社のようだ。


「これがどうかしたんですか?」

「この会社が、密輸の隠れ蓑だろう。別に気にする事は無い、だが問題はその下だ」


 会社の住所の下にびっしりと書かれていたのは、米各地の警察組織や軍事基地の住所だった。


「警察と軍隊……」

「おそらく、武器の出どころだろうな。コンテナにはM16が山盛りだった。法の名の下で動く組織がこんなに参加してるんだ、これは思ったよりも根が深いぞ」


 そう言ってため息をついた。彼の肩越しにコンテナを覗くと、言う通りM16が山になっている。


「見た感じ、シリアルナンバーは削られていたから銃本体からの特定は難しい。この帳簿が見つかったのは、デカい」

「お役に立てて、光栄だよ」


 俺は豪快に笑い、タラップを降りた。マリアが休んでいるテントに顔を見せる。

 こちら側に負傷者は出なかったようで、唯一彼女が折り畳みベッドに横たわっていた。

 その姿は、授業を仮病でズル休みした学生を彷彿とさせる。もっとも、休めと言ったのは他でもない俺だが。


「どうだった?」


 俺に質問する相棒の顔色は、先程に比べると大分マシになったがまだ冴えない。


「全体的にレベルが低い。敵を目の前にして弾切れ、とかな」


 彼女は意外そうな表情を浮かべた。


「コンテナ船を持てるほどの組織が、そんな初心者をシノギの要となる船に置くかしら」

「……言われてみれば」


 俺はもう一度コンテナ船を睨む。

 この船を商品ごと押さえれてしまったら、組織としてはなかなか埋められない穴が空く、いや下手すれば崩壊するだろう。

 それにもかかわらず、あんなお粗末な人間を置いていた。

 秘密戦闘部隊に銃を卸している組織が、こんな失敗を犯すだろうか。

 もしかしたら、俺達は何か大きい事に巻き込まれてしまったのかもしれない。

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