夜の始まり

 ロサンゼルス市警SWAT訓練所。


 時刻は十二時を過ぎ、SWAT隊員達は午前の訓練を終え昼食を取っている。

 隊員らは固まって食事をしているが、一人だけ集団とは離れた所で黙々とサンドイッチを食べている男がいる。

 ロサンゼルス市警SWAT第一分隊の隊長だ。

 にこやかな顔でサンドイッチを頬張る姿は、LAPDSWATの名物とも言われている。

 そんな男が視線を向けるのは、キャピキャピ騒ぐ部下達ではなく、高所に固定されたブラウン管テレビだ。

 ヘリコプターから撮られた、コンテナ船の映像が流れている。


『――とISSアメリカ本部強襲係第二班が、コンテナ船に突入しました』


 ニュースでは、ニューヨーク港で銃の密輸を行っていたコンテナ船が摘発された事が報道されている。

 映像が変わり、地上に展開していた警察部隊やISSの部隊が映しだされた。その中の一人が目に留まる。

 別れたあの時から片時も忘れた時は無い、相棒がいた。

 まだ白いパーカーを愛用しているが、髪は大分短くなっている。顔つきも、あの時に比べて凛々しい。


「成長したようだねぇ……。マリア……」


 誰にも聞こえない、小さい声で呟く。

 場面はスタジオに切り替わった。アナウンサーとコメンテーターが、意味の無い密輸対策案が書かれたフリップを出してきたので視線をサンドイッチに戻す。

 それでも、笑みがこぼれてしまう。

 その様子を見て部下達は。


「また隊長が笑いながら飯食ってる」

「変わらないねぇ……今日も平和だよ」


 真意を知らない彼らは、そんな呑気な事を漏らした。



 俺はパソコンから目を離し、眉間を揉んだ。幾分か目の疲れが取れる。

 腕時計を見ると、時刻は午後六時を回っていた。

 隣を見る。マリアが、手持ち無沙汰で煙草をもてあそんでいた。彼女は俺の視線に気が付く。


「終わった?」

「後は、プリントアウトして出すだけ」


 印刷ボタンをクリックし、プリンターの前に立つ。吐き出された報告書を手に取り、班長に提出した。


「ご苦労だった、今日はもう帰っていいぞ」


 報告書をチラ見し、デスクの脇に積み重なっている書類の山に無造作に置く。その山には、同僚達の報告書もあった。

 こんな管理で失くさないか心配になってくる。


「……終わったぞ」

「よし、じゃあ帰ろう」


 マリアの言葉に頷き、鞄を背負う。

 本部の外に出ると、雪が降っていた。十一月も三分の二が過ぎ去り、十二月、クリスマスが街に姿を現しかけている。


「この位じゃ、積もる心配は無いよ」

「詳しいんだな」

「浩史より、NY住みは長いから」

「それもそうだ」


 世間話もほどほどに、俺は本題を切り出す。


「……それで、どこで話すんだ? お前の事」


 しばらくの沈黙。


「私の家」


 それだけ素っ気なく言うと、彼女は俺の家とは反対方向に歩き出した。

 NYの雑踏に紛れて十分程歩いただろうか、マリアはとあるアパートの前で歩みを止める。


「ここの三階に私の部屋があるの」


 曇ったガラス戸を開け、肩に乗っていた雪をはたく。エレベーターは付いておらず、俺達は黙々と階段を上った。

 マリアは古ぼけた扉の鍵を開け、俺を部屋に誘う。

 彼女が部屋の電気を付けると、部屋の全景が露わになる。間取りは俺の部屋と大して変わらないが、煙草のヤニで黄ばんだ壁紙のせいで俺の部屋より古く見えた。


「おじゃまします」


 MA-1を脱ぎ、脇に挟んだ。靴を脱ぎそうになるのは、いつもの事。やはり、生まれてからの習慣は中々抜けない。

 マリアはソファの上にパーカーを脱ぎ捨て、ホルスターを銃ごと置き、エアコンをつけ、台所の戸棚からつまみとグラスとジャックダニエルウイスキーを出してきた。

 初日にバーで最初にラム酒を頼むあたり、酒は強いのだろうか。あの時は睡眠薬入りだったせいで、一口で潰れたから彼女の実力は分からない。


「……酒好きなのか?」

「少しね」


 少しと言いつつ、ウイスキーは既に三分の一程減っている。

 俺は椅子にジャンパーとショルダーホルスターを掛けた。マリアは皿に持って来て、カシューナッツとサラミを出す。


「……酒飲んで、話せるのか?」


 晩酌の準備をしているマリアに聞く。


「……シラフだと、話したくない」

「そうか」


 無言の時間。

 何か言おうと頭を掻き、準備してもらった酒の方を見る。

 マリアと目が合った。

 彼女も何を話そうか迷っているようで、視線が落ち着きをみせない。


「ウイスキー、何かで割る?」


 なんとか捻り出した言葉がそれか。俺は苦笑した。


「いや、ストレートでいい」


 普段は酒を飲まないが、強いつもりだ。

 大学時代、サークルの飲み会で無茶な飲み方しても俺だけが潰れなかったし、二日酔いの経験もあまりない。

 二つのグラスにウイスキーが注いだ。椅子に座って俺が手前のグラスを寄せたら、マリアも座って反対側のグラスを持った。

 そして、目線の位置までグラスを上げる。


「乾杯」


 グラスを傾け、一口。

 アルコールがするりと喉に落ち、芳醇な香りが鼻を抜け、甘みと辛さの調和のとれた味が程良く口に残った。


「美味いな」


 俺の言葉にマリアは嬉しそうに頷く。

 俺はカシューナッツを一粒摘み、口に入れる。ほんのり甘みを持つ、ナッツの欠片をウイスキーで流す。そして、またナッツを摘まむ。


「……人と飲むのは、久し振りだなぁ」


 グラスをぶら下げる形で揺らし、懐かしむような口調でマリアは言う。アルコールで少し頬が赤くなっている。


「……浩史が来た日に、あんな事があったからね。それ以来、なんとなく外で飲むのが怖くなっちゃった」

「そら、あんな事されたらどんな奴でもビビるようになるさ。……でもアレは、お前さんの不注意もあるぜ」


 アルコールで舌が回るようになって、憎まれ口を叩くが彼女は睨むでもなく怒るでもなく、ケラケラ笑った。


「……かもね。今度から気を付けるよ」

「そうしろ。そしたら、俺も安心できる」


 ISS配属初日から今日に至るまで、色んな危機を乗り越えて来た仲だから言える。くぐり抜けてきた死線は、そこらのコンビ以上だ。

 ひとしきり笑うと俺達は、もう一口酒を舐めた。マリアは息を吐き、背もたれに体を預ける。

 俺はサラミを一つ食べ、彼女の顔を見た。


「……そろそろ、話してくれないか?」

「……そうだね」


 そう言って彼女は立ち上がり、寝室から一枚の写真を持って来た。その写真を俺の前に出し、こう切り出す。


「……これは私の元上司で、元相棒。名はケビン・レナード」


 彼女は自分の隣に写る男を、酔いで潤んだ目で睨んだ。

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