班長の杞憂
指揮を取っている人間が集まるテントに行く。班長のメリッサはすぐに見つかった。
SWATの制服とスーツ姿の男達がいる中、鋭い眼光でホワイトボードを睨んでいる唯一の女だ。
「班長」
「なんだアカヌマ。……マリアはどうした」
「彼女は体調不良の為、今回の任務は遂行できそうにないので別のテントで休ませています」
「……そのことを報告しに来たのか」
「はい」
「そうか……ご苦労だった」
俺がそのまま立ち去ろうとすると、班長が引き止めた。
「待て、アカヌマ。……マリアと喧嘩したんじゃないだろうな」
「いえ。顔色が悪かったので、休みを取るように言っただけですが……」
「……そうか。それならいい」
「……何故そんなことを聞くのですか?」
俺が班長に問うと、彼女は自分の腕時計を見て小さく何度も頷く。
「まだ時間はある。……少し話そう」
パイプ椅子に彼女は腰掛け、足を組んだ。
「……マリアがLAPDSWATからISSに来たのは、三年前の事だ。主任直々に西海岸に出向いて、スカウトしてきた」
俺の時もそうだった。デニソンは目についた人間を、自分の目で確認する主義なのだろうか。
「マリアは二つ返事でOKしたらしい。……だがその事を私に伝えた時、主任はこう言った『彼女には、何かある』と」
「……何かとは」
「主任は、『何かに怯えているようだった。……彼女は、一刻も早くあの場所を離れたいようだ』と言っていたな」
「…………」
「私は、一旦様子を見た方がいいと提案したんだがな、主任にしては珍しくマリアの受け入れをゴリ押ししたんだ」
「そんな事が……」
「ああ。彼女の射撃の腕は我々強襲係としては魅力的だったが、そこまでする理由にはならない。主任に何度も訊いたな」
「それで、主任は何と」
「『彼女をあそこから遠ざけないと、とんでもない事になってしまう』とだけな。それ以降、マリア・アストールに関する質問は一切受け付けなかった」
「……本当に何があったんだ?」
マリアは今晩話すと言った。その内容は十中八九、『何か』だろう。どんな爆弾が飛び出して来るのか。
あの飄々とした態度を崩さない主任を、駆り立てるほど俺の相棒は何か壊れかけていたのだろう。
人一人を壊しかけてしまう何かなんて、想像するだけでも恐ろしい。
「私はマリアがISSに来てから、その片鱗を見た」
「片鱗ですか……」
「そうだ。……というのも、最初に教育係も兼ねた『相棒』を就けると言ったんだ。だがな、マリアは本気でそれを拒絶したんだ」
「それが……片鱗……。いや? でも」
「『俺は彼女の相棒です』って言いたい?」
「……拒絶はされませんでしたよ」
「三年の間で、彼女の中の何かが変わった、いや、治ったのだろう」
治った。班長はその表現した。それが合っているかどうか分からない。けれど実際、俺はマリアの相棒として立っている。
「マリアに訊いても、答えてくれなかったしな。しつこく問い詰めるのは、野暮だと思って止めた。……お前を相棒にさせると主任から聞いた時は、驚いたな」
「三年も就けなかった相棒を、今になって就けた事ですか?」
「それもそうだが……本当のところは、相性の問題だ」
「相性、ですか……」
今まで考えてなかった。個人的な意見としては、相性が合おうが最悪だろうが背中を預けないといけないのが仕事だ。少なくとも社会人になってからは、その意見を持っていた。
階級が高い若造を嫌う年上の曹長なんかと接する時もあるのに、一々文句を言っていたらキリがないからだ。
「お前は良くも悪くも『直感型』。マリアはセンスに従って、繊細な射撃を行う『職人型』だ。相性の程はくっ付けてみないと分からないが、不安だったよ」
配属初日。班長が散々『喧嘩するな』と釘を刺してきた。中学生でもあるまいし、男女を合わせて喧嘩する訳ないじゃないかと思ったが、あの発言は一緒に仕事する上での心配から来たものだったのだ。
喧嘩でもした日に、集中力を欠き大怪我又は死ぬなんてことが無いと言い切れない。
「下らない事が理由で、大事な部下を死なせたくないからな」
班長は一字一句、噛みしめる様に言った。
そして、腕時計を見ると俺を急かした。
「少々話過ぎた。……急いで配置に着け」
「了解です」
俺は一礼して、暖かな日差しの下に出る。俺の配置位置は、後部タラップの方だ。
耳に装着したインカムから、この現場の総指揮を執るニューヨーク市警緊急出動部隊の分隊長の突入の合図が出る。
警察部隊の後ろに付きながら、後部甲板の方に上がっていく。
金属階段を一斉に上がる音に向こうも気が付いたみたいで、叫びながらこちらに銃を向けた。だが、銃声が鳴りAKを持ちこちらを狙っていた男が糸が切れたマリオネットみたいに崩れ落ちた。AKが手からこぼれ落ち、海に落ちる。
狙撃だ。
甲板に上がり、二手に分かれる。クリアリングしていると、先程撃たれて死んだ男の死体が目に入った。
ヘッドショットだった。コンテナの一つに血と
ここから、狙撃ポイントまで約二百メートル。狙撃経験が無いため、何とも言えないがここまで綺麗に狙えるものだと感心する。
その時ふと思った。
マリアがデスクに置いてある写真では、彼女は狙撃銃を持っていた。そして、彼女の卓越した射撃技術。
彼女は狙撃手だったのではないか。そんな考えが頭に浮かんだ。
仮にそうだとしたら、彼女は何故狙撃銃を手に取らない。疑問符が考えの上に付く。
もしかしたら、彼女の過去に関係があるのかもしれない。
だが俺は、なんとなく浮かんだ考えが俺の思い違いであって欲しいと願ってしまった。
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