屈した者達と諦めなかった者達
寒気を感じるより先に、俺はシグの引き金を二回引いていた。いくら鍛えていようが、銃弾より素早く動くなんてできやしない。
警官が放った弾丸は、俺の足元に当たった。
俺が放った弾丸の一発はMP5のライトに命中し、もう一発は防弾ベストに当たった。
「グァッ!」
警官の手からMP5が落ちる。
同僚はそれを蹴飛ばす。俺は柔道の腋締めで警官を拘束した。
「いっ! 痛い! 死ぬ!」
「防弾ベストに弾当たってるんだ! 死ぬわけ無いだろう!」
ベレッタの銃口をピッタリ警官の頭に合わせて、同僚が怒鳴る。
さっきいた部屋の方でも銃声が鳴り始めた。
「どうなってるんだ?」
そんな疑問を漏らさずにはいられない。
「おい、君。大丈夫か?」
同僚が子供に声を掛ける。子供は目の前で起こった出来事をイマイチ認識できていないようで、放心していた。
「骨が折れるぅ……」
警官の声に泣きが入ったが。
「人間には二百本も骨があるんだ、一本や二本でガタガタ言うんじゃねぇ!」
容赦なく罵声を浴びせた。
銃を向けた時点で、俺と同僚にとっては敵だ。
「腰のグロック取れ」
「分かった」
同僚が腰のグロック19を奪い取る。
「何が起きてるんだ?」
丁寧に予備弾倉も奪いながら、俺に聞いてきた。
「分からん。……だけど、警官連中がコイツと同じ様に撃ったとしたら?」
「……俺達だけで制圧できるか?」
「……とりあえず、コイツ〆るか」
「そうしろ。……殺すなよ、赤沼」
腕を警官の首に絡め、頸動脈を絞めた。脳に血液が回らなくなり、意識が朦朧としだし、警官は失神した。
警官を部屋の隅に転がしておき、装備を確認し始める。
「弾は?」
「SCARのが今銃に挿さってるの入れて五個。シグのは今二発撃ったから、四十発と少し」
「俺も大体同じだ。……戦わない事を祈ろう」
俺がSCARを構え直した時だった。
「生きてるか?」
FBIの一人がひょっこりと扉から顔を出す。同僚がベレッタを向けたが、飄々と笑い銃を下げるよう促した。
「おいおい、ISSと撃ち合うのは勘弁だぜ」
「さっきの銃声は、あんた等か?」
「ああ。お巡りさんが暴れ出したから、ちょいと懲らしめたんだ」
「……警察は何考えてるんだ?」
俺がFBIの男に聞いたが、男は表情を崩さず俺達に手を伸ばした。
「それは、うちのボスから話すよ」
男が部屋の電気を着ける。
全景が明らかになった。土壁の中に作られた牢屋と呆然としている子供、隅に転がる警官。
この異質な空間と状況を、どう説明してくれるのか。
俺は、あのおっとりとした顔を思い出した。
テントに戻ると、不安そうにマリアが立っている。SR-25を背負っており、狙撃手としての仕事を全うしたようだ。
「おい」
「っ! 浩史!」
俺の顔を見るなり、彼女は俺に詰め寄ってきた。
「無事? 怪我してない?」
「見ての通りだ。……心配してくれたのか?」
「……だって、地下で襲われてるって聞いたから。それに、戻ってみればこんな有様だし」
アジトの前には赤と青のライトを回した、救急車が多数停まっている。
しかも、乗っているのは全員警察部隊の人間だ。目の前を通り過ぎたセダンには、顔を真っ青にさせたスーツの男が乗せられていた。
「襲われたけど、大した事はない。そっちこそ大丈夫か?」
「大丈夫。怪我してない」
互いの無事を確かめ合い、安堵の息が漏れ出す。
「……襲われたって、組織の人間? ……それとも、警察?」
「……警察だよ。命令無視して組織の人間撃った挙句、俺達に銃口向けてきたから問答無用で撃ってやった。防弾チョッキに当たったからな、アバラは折れてるだろ」
「ご愁傷様と言ってあげるべきかしら……」
「自業自得だよ。……地下にあった牢屋に、子供がいたんだ」
丁度、地下から運び出された子供が担架に乗せられ、住宅から出て来たので俺はそっちを指さした。
「あの子だ。……ひでぇ環境の中、たった一人で耐えていた子だ」
「………………」
救急隊員の手厚い看護を受け、少年は元居た世界に帰れるはず。
「あの子を見つけた時、『お巡りさんが連れ去った』って言った瞬間に、警官が俺達に銃を向けてきたんだ」
驚愕。そんな言葉を、マリアは顔で表現していた。
「……まさか、警察が?」
「あの偉そうなスーツも連れてかれたから、組織ぐるみだな」
「そう、組織ぐるみですよ」
いつの間にか、俺達の間にFBIのオークリーが立っていた。
「……いつからそこに?」
「今です」
剃刀みたいに鋭い声。敵意が無い事は顔で分かるが、どうも勘繰ってしまう。
「……FBIの人等は、全てを知ってたみたいですけど、なんで俺等……ISSには情報が回ってこなかったんですかね?」
地下で、『ボスが話す』と言われているからには話してもらいたい。
「別に、悪意や敵意があって教えなかった訳じゃないですよ。ただ……ISSにいる昔馴染みからそう言われまして」
「……昔馴染み?」
「調査係にいる、シルヴィア・カイリーですよ」
「………………」
意図が読めない。何故、俺達に警察関係者の裏切りについて教えなかったのかが分からない。
「まぁ、彼女にも悪意があった訳じゃないです。……彼女が求めたのは、あなた方の死や怪我ではなく、事件の完全解決ですよ」
「完全解決?」
オークリーはニッコリ笑顔で頷いた。
「四日前、彼女から電話が掛かって来ましてね。
「……だったら警察に」
マリアはそこまで言って、ハッとした顔になる。
「警察の資料が信用ならないから、ウチの資料を求めたんですよ。彼女、というか昔とある連続誘拐事件に関わったFBIの人間は、心の何処かで警察を信用できていないんです」
「連続誘拐事件?」
「……六年前でしたね起こったんですよ。……そこのお姉さんなら、知ってるでしょ」
「ええ。……あんまり、覚えてないけれど」
「そう。事件自体は大事のはずなのに、人の記憶にはあまり残っていない。六年という時間を鑑みても」
「……人の記憶に残らない程、風化してしまったと?」
「ええ。じゃあ、六年前に貴方の国で起こった事件で覚えている事はありますか?」
思い出してみると、かなりあった。
兵庫県の県議会議員の資金の不正使用事件。記者会見だかで、号泣したのはかなり印象に残っている。
理化学研究所で発見された新細胞が嘘だったとか、有名作曲家によるゴーストライター騒ぎもあったはずだ。
「覚えてる。毎日、テレビとかでやってたな」
「そう。最初は印象に残っているほど、テレビでやっていたのに……最終的には、印象に残らなかった」
「………………」
思い出した事件以外にも、色んな事件や災害があった。だが、それらが誘拐事件をかすませてしまうほど、全てが大事だったこと言われると、違うだろう。
「テレビで毎日やっていたのに、いつの間にか捜査は打ち切られ、いつしか人の記憶から消えてしまった」
「そこに、何者かによる介入があったと?」
「少なくとも、私達にはそう感じました。……そして、私達は色んな事を調べ、警察が人身売買に関わっていると確信しました」
それを話すオークリーの顔は、悔しさと諦めに近い感情が混ざったものになっている。
「……警察を味方に付けていれば、捕まる事はないもんな」
元警官のマリアは怒りの眼差しを、救急車に乗せられている警官達に向けた。
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