戦う場所

 標的は二十メートル先の紙。

 この程度ならなんてことはない。

 シグの引き金を素早く二度引く。

 イヤーマフ越しの銃声。薬莢が落ち、転がる微かな音だけが大きく聞こえる。

 壁に付いたモニターを見た。


「いい感じだ」


 デコッキングレバーを倒し、撃鉄を立たせる。


「あっ、いたいた」


 後ろから声を掛けられる。振り向くと、マリアが立っていた。


「帰って来てオフィスに戻らないで、射撃場に居るって言われたから」

「……ああ」


 シグをホルスターに収め、イヤーマフを外した。


「……なにかあった?」

「いや、別に。……ただ」

「ただ?」

「人がやる気になってるところを見ると、こっちまでやる気になってくるのさ」


 射撃場の受付にイヤーマフを返却し弾薬が入った紙箱を受け取り、隣の休憩室に入る。

 擦り切れかけた安物のソファーに座り、ホルスターから空弾倉を出して弾を込めていく。


「なぁ、マリア。テキサスって聞いて何を連想する?」

「テキサス?」


 板ガムをこちらに差し出されたので一枚貰う。


「テキサスかぁ……」


 包み紙を解き、口に入れる。いかにもなミントの香りが口に広がり、鼻から抜けてきた。


「カウボーイとか?」

「これまた、定番だな」

「そう言う浩史は、何を想像するの」


 マリアが口を尖らせる。


「じゃあ、質問を訂正しよう。“テキサス”と“犯罪”で、何を連想する?」


 彼女は背もたれに身を投げ出し、腕を組んだ。しばらく悩み続ける。

 休憩室では俺が弾倉に弾を込める音と、マリアが唸る声がした。


「……麻薬」


 ポツリと発せられたその言葉に、俺は手を止めた。


「テキサスに限った話じゃないけど、南部はメキシコとの国境がある。……そこから流れてくるのよ」

「ほう……」

「それに付属する犯罪も多いけどね」

「……例えば?」

「麻薬と一緒に銃が密輸されることもあるし……多額の現金が絡むから、強盗にマネーロンダリング資金洗浄なんかもある」

「犯罪の温床だな」

「そうよ。と言っても、犯罪組織ってのは金になれば何でもするのが常……いや、金があるから犯罪が起きるともいえるけど」


 俺は弾倉をホルスターに仕舞う。


「じゃあ、人身売買は?」

「なるわね。なるから、やるんだろうけど」


 味のしなくなったガムを飲み込む。


「……調査係は、そこに的を絞るらしい」

「何の事件の?」

「今回の事件と、俺達が戦ったコックの事件のな」

「人身売買と、どう繋がるの?」

「シルヴィア曰く、今回の墜落男とコックは人身売買の被害者の行く末だと」

「………………」

「受け売りだがな、人身売買で売られた子供が少年兵にされる事もあるらしい」

「……なるほど。麻薬と一緒にすれば、立派な兵士にもなるし高値で売れる」

「シルヴィアもそう読んでいる。だが、いかんせん事件の数が多すぎるらしい」

「数か……」

「関わりがある事件ばかりじゃないさ、ただのティーンエイジャーの家出だって記録に残る。……いくら調べても、キリがないみたいだ」

「向こうも大変ね」

「まぁ……餅は餅屋。調べ物は向こうで、俺達は行けと言われた所で戦う。適材適所だな」

「それもそうね。……私も、ライフルの整備しなきゃ」


 二人揃って立ち上がる。俺が脇にぶら下げ、マリアが腰に提げているのは玩具ではないのだ。




 翌朝。オフィスに行くと、班長達と調査係の面々が話し込んでいた。

 近くに居た同僚に聞く。


「何話してるんだ?」

「なんか、今度の出動は大規模になるらしい。その打ち合わせかなんかみたい」

「……そうか、ありがとな」


 自分のデスクに座り、他と同じ様に主任達の方を眺めた。声は聞こえないが全員がぎらつかせている真剣な目は、話している内容の重要さを物語っている。


「……何が始まるんだ?」


 頭を掻き、目を細めた。丁度その時、班長達のグループが散らばり始める。

 調査係は足早に強襲係のオフィスから出ていき、二人の強襲係班長は俺達の前に立つ。

 第一班の班長が声を出した。


「三日後。地元警察部隊、FBI、テキサス支部強襲係、我々本部強襲係の混成部隊でテキサスとメキシコで活動する人身売買組織に強襲を掛ける」


 俺達第二班のメリッサ班長がホワイトボードを引っぱって来て、マジックペンで詳細を書いていく。


「組織はテキサスの新興住宅地の一角を買い取り、そこから地下トンネルを掘って、人間、銃、麻薬等を密輸入している」


 ホワイトボードにその周辺の衛星写真を貼る。写真には、トンネルの大まかな予想図が書かれており隅には『制圧後、爆破予定』とも書かれていた。


「メキシコ側が小高い丘になっているから、そこに警察とFBIの狙撃部隊が配置され、向かいの住宅二件に本部強襲係から選抜された狙撃手を観測手含め四名を配置する」


 メリッサは写真二か所に『スナイパー』と書き込む。


「組織がアジトにしている住宅は二件。それぞれ、十人ずつ正面と裏口から突入。住宅内掃討後、地下トンネルに突入しろ」


 口で説明しながら、写真に矢印を書いて手順を分かりやすくする。


「我々、本部強襲係からは第一、第二それぞれの班から十名ずつ、合計二十名を選抜しテキサスに向かわせる。……ちなみに、テキサスには私が同行するからな」


 班長は言い終わるとペンを置き、咳払いをした。


「なので、只今より突入班員及び狙撃手の選抜を行う」


 そう宣言して無作為に指名し始めた。


「――狙撃手、マリア・アストール。観測手……」


 指名された観測手の名は俺じゃない。だが、薄々分かってもいた。

 マリアが手を上げる。


「質問いいですか?」

「なんだ? 辞退したいんだったら、止めはしない。だが、お前ほどの狙撃の腕をこの作戦に使えないのは残念だ」

「そうじゃありません。……何故、相棒を組んでいる浩史が観測手ではないんですか?」


 俺は相棒の顔を見た。ふざけている表情ではない。


「簡単だ。アカヌマは観測手としては使えないからだ」


 怒りも否定もしない。事実だからだ。

 他人に向けられた殺気を“寒気”として感じることが出来ても、狙撃に関しては素人だ。

 撃つことならまだしも、ある意味射手の生殺与奪を握っている観測手の訓練を俺は受けていない。

 適材適所。

 今の俺に観測手は出来ない。


「……分かりました」


 マリアは頷く。


「……別に、不服と思っちゃいないぞ俺は」

「……ならいいけど」


 小声でマリアにフォローを入れた。


「……次。突入班、アカヌマ・ヒロシ」

「はい」


 これが俺に適した仕事だ。

 ――それに、戦う覚悟は出来ている。

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