戦いの火蓋

 迎えの車はすぐに来た。ISSロス支部調査係の若い衆が二人、前に乗っている


「赤沼さんとアストールさんですね?」

「ああ、そうだ」

「乗ってください。……ちょっとまずい事になりました」


 深刻そうな顔が全てを物語っている。俺達が車に乗り込むと、若い職員は乱暴に車を発進させた。

 一挙動に焦りが見える。


「ケビン・レナードは警察を動かしました。検問を敷く準備をしているようです」

「なんだって?」


 電話口で巨体は警官も訪ねてきたと言っていたが、ここまでするのは驚きだ。だが裏を返せば、ケビンもなりふり構まってられなくなったのだろう。


「ロス市警にシンパは多いようですが、所属する警官の大多数はマトモな感性を持っています。事件が起きてないのに、自主的に働く警官はいませんからね。だから、今のうちに逃げた方がいいんです」


 ハンドルを握る若者はそう言い、空港への道に進んで行く。だが徐々に道路が混んできて、遂には完全に動きを止めてしまった。


「……そんな、早過ぎる。パトカーを総動員させたって、十分やそこらでこんな渋滞を作れるはずがない」

「少し様子を見て来る」


 そう言って助手席の若衆が下車し、五メートル程歩く。彼はそばの車のドライバーと少し話すと、駆け足で戻って来た。


「少し先で当て逃げ事故があったらしいです。警察呼んだみたいですけど……」


 すぐに来るわけがない。それは今、車に居る四人がよく分かっている。


「何が事故った?」

「車の前にバイクが突っ込んできたみたいです」


 それを聞いて、俺達は頭を抱えた。罠の気配が頭を見せたからだ。ケビンが手配した殺し屋連中だろうか。

 後ろを見るが当然、後続の車のライトが光っており逃げ道を塞いでいた。後退も全身も出来ない。


「どうしま――」


 助手席の彼の“す”は聞こえなかった。俺はあの寒気に支配されたからだ。

 脊髄から広がり、腕が痺れる。

 反射でホルスターからシグを抜く。前後左右、人がいるが誰が狙っているか判断できない。


「赤沼さん?」

「浩史?」

「………………」


 声を掛けられるが、返事ができない。銃を握る手に汗が滲む。だが、あの寒気が引いてきた。

 腕から力が抜けていく。流れがゆっくりになっていた血液の流れが正常になってくる。


「……悪い。銃抜いて」

「いや、緊張もしますよ。この状況ですからね」


 俺は苦笑し、ホルスターに拳銃を仕舞おうとする。しかし、スライドの半分程入ったと同時に、衝撃が車が揺らした。


「なんだ!?」


 後ろを見る。トランクに後ろの車のエンジン部分がめり込んでいた。


「敵ですか!」


 運転席の彼が叫ぶ。けれど、後ろの車の運転手は今起きた出来事を理解できていない顔をしている。

 よく見ると、後ろの車の更に後ろの車が元凶だ。

 SUVやバンなんかより真っ赤なデカい車が、突進してきたみたいだ。

 その車がバックし始める。


「逃げろ!」


 ドアを蹴り開け、アスファルトの上に転がった。他の三人も同じ様に車から降りる。

 デカい車・ハマーは元が軍用車のハンビィーなだけあって、そのデカい車体と馬力を生かし車を押しのけ潰しながら、先程まで乗っていた車をスクラップにしようとしていた。

 後ろの車の持ち主の男性が悲鳴を挙げ、若い二人に縋りつく。


「たっ! 助けて! 助けてください!」

「赤沼さん! 逃げてください!」


 助手席にいた若衆が叫び、俺達は走り出す。曲がり角を曲がる時、ハマーから誰かが降りてきたのと、あの二人が懐からUSP拳銃を出したのを目撃した。

 走りながら携帯を操作し、さっき掛かってきた番号をリダイアルする。

 繋がった瞬間、俺はまくし立てた。


「襲撃されたぞ! おそらく襲撃者は殺し屋集団! 赤色のハマーに乗っている殺し屋を探ってくれ!」

『赤沼さん? それ本当ですか?』

「冗談だと思うんなら、調べろ! 頼む!」


 言い終えると同時に銃声が響いた。

 勢いで通話を切り、ジャンパーのポケットに放り込む。


「さっきからなんなの……」


 マリアが息を切らしながら、俺に聞いてくる。


「ケビン・レナードが仕掛けてきた。アイツは俺を殺す気みたいだ……殺し屋まで雇ってな」


 前を見て走っているから、彼女の顔は分からない。それでも、彼女が今どんな顔をしているのかは容易に想像できた。


「お互い、とんでもない奴に目ぇ付けられたもんだ」

「……まったくね」


 通りを少し外れた立体駐車場に隠れる。シンプルな構造だが、遮蔽物が多く柱もコンクリか鋼鉄なので戦闘になっても、戦いやすい。

 バンの陰に隠れる。

 遠くの方でサイレンが鳴っているだけで、人通りも少なく尾行者の気配も無かった。

 コンクリートの壁にもたれ掛かり、俺達は大きく息を吐いた。

 マリアが煙草を一本出したので、俺も一本ねだる。

 煙草に火を付けてもらい、溜息と共に煙を吐き出す。俺は頭を乱暴に搔いていると、マリアが話しかけてきた。


「どうするの? これから」

「……どうするかなぁ」


 腕時計を見る。細長い文字盤が示す時刻は午後八時過ぎ。今から空港に行っても、ニューヨーク行きの飛行機に乗れるかは五分五分だし、道路や空港内で待ち伏せされてる可能性が高い。

 むやみに動くより、こうして隠れていた方が無駄な事をしないで済む。

 俺は煙草の灰を落とし、もう一度咥えシグを手に取った。

 下ろしたままの撃鉄を戻そうとした瞬間、冷や水をぶっかけられたみたいな感覚が背中から後頭部にかけて発せられた。


「なんだ、俺が最初に見つけたのか」


 そう言って目の前に現れた大柄の男は、骸骨がプリントされた黒いマスクで人相を隠し、手にはベレッタM8000を握っている。


「それじゃ、お仕事しますか」


 そんな呑気な声で言うと、ベレッタの銃口を俺に向けた。背筋を走る寒気が増した気がする。

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