詰め寄る者達
安ホテルのベッドに寝転がりながら、俺はぼんやりと考え事をしていた。
ラーメンを食いながら、彼女と話しながら思い浮かんだ父の顔。
あの時話した内容とは外れているが、考えられずにはいられない。
それはケビン・レナード、あの薄気味悪い警官と邂逅したからだろう。
自分の父を一人の警察官として考えるのは、高二に終わり頃父の遺品の何冊もあった黒表紙の手帳を読んで以来だ。
守秘義務とかそういうのもあるだろうが、あまり仕事の事をベラベラ喋るような人ではなかったし、何日も歩き回って疲れ切っているだろうに、仏頂面を崩さず愚痴もこぼさずに何も知らない息子達の面倒を見れる。
だから俺は、彼が死ぬまで刑事の顔を知らないまま育った。
几帳面な字で書かれた捜査の足取り、葬式の時に声を掛けてくれた同僚の刑事達の証言。
それらが、彼の優秀っぷりを表していた。
はらわたが煮えくり返る様な事件や犯人にも会っても冷静でいて、逸脱した行動は取らず、あくまでも組織の人間として職務と己の正義を全うする。
それが警察官としての、彼の正義だったのだろう。少なくとも俺はそう考えている。
……しかし、ケビン・レナードはどうだ。
あの底の見えない態度に、病的なまでのマリア・アストールへの執着。
いったい何が、アイツを駆り立てるのか。
俺には分からない。
そして、アイツの心の中には“正義”に成り代わってしまった何が蠢いているのか。
想像するだけでも、頭が痛くなりそうだ。
俺は考えるのを止め寝返りをうち、目を閉じる。温かい腹と薄い窓から漏れる雑音が、心地いい。
意識が眠気の満ち潮に飲み込まれそうになった瞬間、ベッド脇のテーブルに置いた携帯が、着信音に設定したロックンロールを鳴り響かせた。
意識が即行で戻り、反射的に携帯を掴んだ。液晶に表示されている番号は知らない物だ。
出るのを一瞬だけ躊躇ったが、画面をタップして電話に出た。
「はい。もしもし」
『赤沼浩史さんですか?』
聞き覚えのある声。すぐに思い出す、ロス支部の巨体の職員の声だ。
「ロス支部の……」
『ああ! そうです! ……赤沼さん、今どこですか?』
ホテルの住所を告げる。
『そこですか……』
「どうしたんです?」
『赤沼さん達が出た後、ケビン・レナードの専属弁護士を名乗る女とロス市警監査が来ましてね』
「はぁ……」
話を聞く限りじゃおかしな点は無い。弁護士が来るのも、武器を横領していたから警察の監査役が来るのも不自然ではない。
それに、心当たりもある。
俺達が帰る時、ロビーに入って来たあの二人組だろう。
少しばかり、あの女の目が気に食わなかったが。
『不自然な態度を取っていたので、少し探りを入れたら……とんでもない事を口にしたんですよ』
「何です?」
『殺し屋の注文ですよ』
「あ?」
視線が自然と、ハンガーに掛けてある拳銃が挿してあるホルスターに向いた。
『専属弁護士ってのは真っ赤な嘘で、正体は殺し屋の元締めだったんですよ。向こうはケビンがパクられて心配で来たみたいです……武器取引している時に知り合ったんでしょう。なにせ、秘密戦闘部隊に銃器を卸しているぐらいですからね、殺し屋くらいなんてことないのかもしれません』
「けど、なんで殺し屋なんか……それに、警官がいたんでしょう何故そんな話を?」
『ケビンの悪事に加担してた小物ですよ。終始、自分の保身の事しか口にしていませんでしたね』
「ターゲットは?」
『貴方ですよ、赤沼さん。ターゲットは』
「はい?」
口では疑問符を出したが、おおよその予想は出来ている。ホルスターからシグを出し、肩で携帯を押さえ銃のスライドを引いた。
薬室内に九ミリ弾が入る音が重々しい。
『ケビン・レナードは貴方が嫌いみたいですよ』
「好かれるよりマシさ」
『……そうかもしれないですね。でも、ロスに居ては危険です』
「マリアは? 取り調べはどうするんだ?」
『……連れて逃げて下さい。ケビンは、貴方を殺しアストールさんを確保する事を最終目標にしたようです』
確かに、ケビンがマリアに近づくには“赤沼浩史”という障害物を排除しなければならない。
こそこそと、回りくどくやっていたのが嘘みたいだ。
俺に殴られたのが余程腹に据えかねたのか、手を伸ばせば捕まえられるマリアを逃したくないからか、その両方かもしれない。
「分かりました」
『車を回します。それに乗って空港まで送りますよ』
「了解です」
携帯を切り、ホルスターに拳銃に突っ込み上着片手に部屋を飛び出す。そして、隣の部屋に居るはずの相棒を呼ぶ。
だが、返答が無い。血の気が引いて行くのが、よく分かった。
携帯で呼び出すが、マリアは出ない。
部屋から携帯の音がしないから、部屋にはいないのかもしれない。その考えが、逆に自分を追い詰めた。
呼び出し続ける携帯に縋る。
音が重なった。
後ろを振り向くと、マリアが紙袋を抱えて立っていた。ポケットから、携帯の着信音が鳴っている。
「どうしたの? 血相抱えて」
「……訳は後で話す。今は黙って付いて来てくれないか?」
「……うん」
彼女は若干戸惑いながらも、素直について来てくれた。
部屋の鍵をフロントに押し付け、外に出る。少し町が騒がしい。パトカーのサイレンの音が、至る所から聞こえてくる。
そして、肌で感じ取ったのは町全体がケビンが発していた淀んだ空気に包まれている事だ。
「嫌な予感がする」
脇にある拳銃が少し、重くなった気がした。
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