幼き者と行動せし者
俺はマリアを突き飛ばし煙草を吐き捨て、シグを撃った。男はそれに呼応するかのように、自分のベレッタを撃った。
バンを中心に、対角線上に互いがいる形になる。
「大丈夫か?」
小声でマリアに問いかける。
「……なんとか」
彼女は腰に提げたホルスターからグロック17を出す。スライドを引き、薬室に弾を入れる。
「こっちの方が人数的には有利だが……あの口ぶりじゃ、他に仲間がいると考えた方がいいな」
「……仲間を呼ばれるとやっかいね」
「じゃあ、やることは一つ。……短期決戦だ」
「……わかった」
「俺が先に出る。それを狙え」
殺し屋に近い方から飛び出す。ターゲットを視界に捉えた殺し屋は、拳銃を撃つ。俺は殺し屋の射線を切りながら、シグを撃った。
銃弾が飛び交い、盾にしているセダンに五発ほど弾が当たる。銃撃時の一瞬の切れ間で通路まで出た。
当然、殺し屋も通路に出て来る。
正面を向き合う。その時、マリアがバンの陰からグロックの銃口を出した。だが、殺し屋は俺を撃たずマリアの方を撃った。
「マリア・アストールさんよ! 考えてることはお見通しだぜ!」
俺も引き金を引こうとしたが、殺し屋は素早く銃口の向きを変え今度はこちらに向けて撃ってきた。
「おいおい! 俺が雇い主に“殺せ”と言われたのは男一匹だけだぜ! 女は生け捕りにしろって言われてんだ! マリアさんよ、俺に撃たせないでくれ! 相棒の身を案ずるのは美しいが、チィとばかし頭を使ってみろ! 少なくともこの場で生き残るのは、俺とアンタだけにしたいんだ!」
先程は気が付かなかったが、殺し屋の男の声は若い。いや、若すぎる。声変わりしてからそんなに時間が経っていない。
そんな印象を持つ声だ。
……それでも。
「お前等に殺されるなんて、まっぴらごめんだよ」
セダンの陰から男に向けて撃ったが、男は大柄の体格に似合わぬ素早さで斜め前に停められた車の陰に隠れる。
シグの残弾少ない弾倉を新しいのに変え、通路を覗く。
少し離れたバンの陰から、マリアが顔を出していた。『後ろから回ってこい』ジェスチャーで指示を出す。
それを確認した彼女は頷き、顔を引っ込めた。彼女はすぐに隣にやってくる。
「どうするかなぁ」
相手が隠れているセダンを睨む。相手は動かない。仲間がいるのならば、長引けば長引く程こちらが苦しくなる。
「状況を打開する術は……」
「……奴は私を殺さないって言っていた。だから、私が行って」
「……やめとけ。多分、殺さない程度に撃たれて、本気を出してくる。それに、接近戦持ち込まれたらお前のウェイトじゃ勝てない」
「………………」
戦おうものならラスベガスの二の舞になるし、人質を差し出すも当然だ。知恵を絞ろうと、また乱暴に頭を掻いた。
その時、僅かに動いた足に空薬莢が当たり転がっていく。緩やかな坂になっている通路を、鈴の音に近い音を出しながら転がっていく様子を見て、俺は閃いた。
床に転がっている薬莢を何個か拾い上げる。
「俺がこれを投げたら、投げた方に走れ」
彼女は怪訝そうな顔をしたが、頷いてくれた。
「俺がなんて言おうが、脇目もふらずに走れ。いいな?」
「……分かった」
彼女の答えを聞き、握り締めていた薬莢を更に強く握った。
「三・二・一!」
真鍮製の九ミリパラベラム弾の薬莢が宙を舞う。床に当たり、小気味いい音を立てた瞬間マリアが駆け出し、殺し屋が体を出した。
「逃げろ!」
俺が怒鳴る。殺し屋は彼女に向けた銃口を下げようか、思考を一巡させてしまう。
その隙は俺が走り出し、腕を伸ばすのには十分な時間だった。
「!」
相手が眼前にまで近づいた俺の存在を認識したが、時すでに遅し。
俺の太い腕が、相手の顔面にめり込んだ。八十キロはあるであろう巨体が、軽く浮きコンクリートの床に叩き付けられる。
コイツは目の前で標的が銃向けているのに、もう一人の方に意識を向けていた。
要は俺の殺害とマリアの確保を同時に行おうとしていたのだ。
“二兎追う者は一兎も得ず。”先人はそう言い残しているというのに。
鼻血を流し、怯えた顔をした殺し屋からは殺気は感じられない。先程まで感じていた寒気は、すっかり消えていた。
転がったベレッタを拾い上げ、殺し屋の腰のポーチから予備弾倉を奪う。
「恨むなよ」
「………………うぁ」
シグの銃口を殺し屋に向けた。
「こ、殺さないで……」
「舐めてんのか? 人様に向けてパンパカ撃っておいて命乞いとはなぁ」
マリアが戻ってくる。
「やった?」
「命乞いされてる」
俺は銃口を向けたまましゃがみ込み、彼の視線と合わせた。
「じゃあ、単刀直入に聞こう。素直に話してくれたら、命は助けてやる」
俺の言葉に殺し屋は必死に首を縦に振った。
「仲間の人数、武器、目的、雇い主を話せ」
彼の目が曇り、俺から目を逸らす。俺は彼の顎を掴み、無理矢理真正面に向かせた。
「話せよ」
銃口を額に着けてやる。彼の目は泳いだままだ。今頃、心の中では葛藤しているのだろう。
「いいんだぜ、今ここでテメェの頭を撃ち抜いたって」
マリアが俺の腕を掴む。無表情な相棒は、殺すなと言わなかった。
「言う! 言うから!」
「とっとと話せ」
「俺含めて四人! リーダーは女だ! 武器は一人はサブマシンガン、もう一人はアサルトライフル、女は拳銃とナイフを使ってる! 雇い主は……レナードさんだ」
「……そうか。教えてくれて、ありがとさん」
俺は立ち上がり、彼の右手の指を勢いよく踏んずけた。指の骨が折れる感覚が、靴底越しにでも伝わってくる。
もう一度、指を踏んずけた。
悲鳴が徐々に小さくなっていく。涙を流し、顔を覆うマスクにシミを作る。
左手も同じ様に潰す。
「な、なんで?」
殺し屋の問いかけ。
「命は助かっただろ。今から病院に駆け込めば、指の一・二本は残るかもな」
最後にマスクをはぎ取る。彼は声の通り、若かった。いや、幼いと言ってもいい。
声といい、中学生程だろうか。
今更、指を潰した事を後悔してしまう。
銃を撃ち合い殺し合う事はもう出来ない、俺がもう一度襲撃される可能性を失くせるし、つまらない事で命を落とす事は無いだろう。そんな考えで指を潰したが、それが正しかったかどうか俺には分からなかった。
そんな俺が今できる事は、この場から離れる事だけだった。
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