唯一無二の相棒

 私は今、拳銃を突きつけられている。

 コルトM1911A1拳銃。

 けれど、込められているのは実弾ではない。赤いインクが詰まったペイント弾だ。

 だが、実銃を向けられた時と同じ対応をしなければならない。

 まず、銃ごと相手の手首を掴んで銃口を明後日の方向に向ける。

 これで引き金を引いても弾が当たることはないが、相手は抵抗してくる。

 それより早く、もう反対の手で相手の肩を掴んで右足で足払いを繰り出す。

 相手は体勢を崩し、床に倒れる。肩を持つ手に全体重を掛けて、なるべく動けないようにする。

 そしてそのまま、銃を奪いバックステップで後ろに下がって銃を相手に向ける。


「動くな!」

「――そこまで!」


 メリッサ班長の声で、私は銃口を下に向けた。


「マリアの勝利!」


 班長は私の左腕を高く上げ、そう叫んだ。

 私は大きく息を吐き、床に倒れるシルヴィアに手を差し出した。


「やったね」


 彼女は私を褒めてくれた。

 

「今日はここまでにしよう。二人共、シャワーを浴びようか」

「はい」


 三人でシャワーを浴びる。朝から訓練漬けで、下着にも汗が染みて気持ちが悪い。

 でも、気分はいい。

 格闘の腕が少しづつではあるが、上達しているのが分かるからだ。


「マリア。お前は筋が良い」


 格闘を習いたいと班長に行った時、そう言われた。


「狙撃で培われた、集中力と動体視力。それに、若いから体力も柔軟性もある。習えば、きっとお前の為になるだろう」


 そして。


「私がお前のコーチになってやる」


 そう直々に申し出たのである。浩史に習おうとしたが、班長は。


「アカヌマも確かにプロだが、アイツは基本的に“習うより慣れよ”だ。臨機応変に戦えるのがアイツの魅力でもあり長所だが、逆に言えば教科書通りの戦い方は向かない。格闘素人のお前が習ったって、アカヌマの癖や動きには慣れない。だから、軍で教官経験もある私が、手厚く教えてやる」


 私の肩を叩き、笑った。浩史は班長の言葉に文句は言わなかったので、彼なりに思い当たるフシがあったのだろう。

 現に、私の格闘の腕は上達し一番の課題とまで言われた体重もジワジワと増えてきた。

 浩史もそれを褒めてくれた。

 それが堪らなく嬉しかったのだ。

 温水で顔にへばり付いた汗を洗い流す。この顔を流れる温水の様な、こそばゆさが私を成長させてくれた。

 最近は、シルヴィアも練習に付き合ってくれる。

 彼女も私よりは格闘経験があり、いい先生だ。


「ねぇ」

「ん?」


 シルヴィアが声を掛ける。


「赤沼は、今頃何してるんだろうね」

「寝てるんじゃないか? 今、日本は夜だしな」


 何故か班長が答える。けれど、私も班長と同じ答えだ。


「昨日言ってた、日本行きっていつになるの?」

「分かんない。浩史からは連絡ないけど」

「マリア、連絡来たら言っといてくれ“とっとと仕事終わらせて帰って来い”って」

「メリッサ班長、今赤沼がいるのは彼の祖国です。絶賛、帰国中であります」

「確かにそうだな」


 そんな冗談で笑い合いあって、二人と別れて私は射撃場に向かう。

 格闘練習の次は射撃練習。

 これが最近のルーティーンだ。

 空いている射撃レーンを探していると、見知った顔を見つけた。


「ハリー」

「マリアか」


 彼はイヤーマフを持ち上げ、私の方を向く。

 ここのとこ、彼は服に気を使っているようで真新しい濃紺のセーターを着ている。

 髭も剃ってあり、髪もボサボサになっていない。

 同棲相手の影響だろうが、調達係の副主任が野暮ったい格好しているのも少し情けない話なので、これでいいのかもしれない。

 手にはSIG MPXサブマシンガン。試射でもしていたのか、薬莢が散らばっている。


「丁度いい。撃ってみるか?」


 安全装置を掛け、私に銃を差し出す。そして、半透明の弾が入った弾倉をカウンターの上に置く。


「MP5の代替え候補。一番使うのは強襲係だからね、撃ってみての感想がほしい」

「なるほど」


 私はイヤーマフを装着して、MPXのグリップを握る。


「MP5より軽い……」


 弾倉を銃に挿し込み、槓桿を引く。AR-15系のライフルと同じ操作だ。

 現在、ISSで使われているのはSCARやMP5とは勝手が違う。

 もし採用するとするならば、そこがネックとなる。

 紙の的に狙いを定め、引き金を絞った。

 驚くほどの違いは無いが、個人的にはMP5の方が精度が高いように思える。

 フルオート射撃も同様の感想だ。

 思った事を忌憚なくハリーに伝えると、彼は丁寧にメモをとった。


「参考にしてみる。運が良ければ現場の声として、会議に出るよ」

「……それはちょっと恥ずかしいな」

「赤沼君に自慢できるよ」

「まさかぁ……」

「最近、色々頑張ってるんだ。何かご褒美ねだってみるとかしても、罰は当たらない」


 そう言ってハリーは微笑み、MPXをカバーに仕舞う。それから、また礼を言って去って行った。


「ご褒美か……」

 

 呟き、浩史に何を頼もうかしばらく考えていると、携帯が着信音を響かせる。

 携帯を手に取る。表示される人物名は『Hiroshi浩史 Akanuma赤沼』だった。

 “貴方の顔が見たい”はもうすぐ叶う。

 そんな気がした。

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