ガン細胞と免疫

 俺は息を整え、正面を見る。

 中田は銃を抜き、斎藤は俺を睨み、迷彩服の二人は銃口を向け、弓立は銃を向けながら笑っている。


「弓立。まず、俺の荷物返せ」

「……いいですよ」


 畳の上に、俺の財布や携帯、身分証が放り投げられた。シグが返されないのは納得できないが、そこに文句を言ってもしょうがない。


「中田。銃を寄こせ」

「は?」

「銃だよ!」


 黒坂の首をきつく締め、銃口を中田に向けた。

 渋々と、中田は九ミリ拳銃を放る。

 俺はそれらを足でかき集めて、足元に寄せる。

 息を吐き出し、黒坂を突き飛ばす。

 荷物や銃を抱え、廊下に出た。MP5の掃射が俺を襲う。シグを撃って応戦し、外へ出た。

 車道を突っ切り、静岡駅に向かう。

 バスや車にクラクションを鳴らされるが、構ってられない。

 運よくタクシー乗り場にタクシーがあったので、それに乗り込む。


「どちら――」

「日本ISS本部! 東京都!」


 タクシーが進みだした。なるべく姿勢を低くして、外を見る。追手は来てないようだ。

 シートに身を預け、シグの残弾を確認する。P226と違ってP220は並列弾倉ではない為、装弾数が少ない。

 

「危なかった……」


 弾倉を銃に戻し、大きな溜息をついた。

 携帯を出して、矢上に連絡を取る。

 彼に詳細を全て話し、乾いた口を舐めて湿らした。


「――大変でしたね」

「憂国の士は結構だが……やり方がよろしくねぇ」

「相手の戦力は?」

「一昔前の米軍装備だな。湾岸戦争くらいか? 歩兵装備は。兵隊の数はイマイチ分からないが、まぁ多くても二個中隊規模じゃないかな?」

「……本当に戦争する気ですね」

「というか、虐殺だな」

「とりあえず、防衛省や警視庁には私が言っておきます」

「けど……動かないだろうな」

「間違いなく」

「…………」

「…………」

「とにかく、俺達はやるべきことをやろう」

「その通りですね」


 俺は電話を切る。

 緑色の道路標識の東京までの距離を見て、憂鬱な気分になった。

 料金もそうだが、今頃向こうは新幹線にでも乗っているのだろう。

 東京に一足先に着かれるのもマズイ。

 選択を間違えた事を今更ながらに、後悔した。



 東海道新幹線。ひかり。東京行き。

 車はあるが、赤沼に逃げられた以上Nシステムなどで追跡されるのは面倒なので、乗り捨てて新幹線で東京に戻る。


「喉、大丈夫か?」

「うん」


 中田が黒坂をいたわる。斎藤は冴えない顔をして、高速で流れる景色を見ていた。


「……黒坂、中田。二人共、遺書書いたよな」

「はい」


 二人は声を揃えて返事をする。


「赤沼元一尉に逃げられた以上、ISSを敵に回すことは確定だ。実行に移せば、警察や自衛隊も敵に回す。……覚悟の有無を聞く事は野暮かもしれないが、聞かせてくれ」

「悲願であります。一佐殿」


 通路側に座る二人は、斎藤に向かって敬礼をした。


「……ありがとう。では、東京に戻り次第、黒坂は隊と連絡を取り、隠れ家を変えるよう指示。中田は俺と調布へ行くぞ」

「はっ!」


 斎藤は顔を弓立に向けた。


「弓立。お前はどうする?」

「私は……自由にやらせてもらいます。この分じゃ、警察も辞める事になりそうだし」

「……そうか。そういえば、聞いたことなかったな。家族はいるのか?」

「……父がいます。母は分かりません」

「……覚悟は」

「愚問ですね。じゃなきゃ、こんな仕事やっていませんよ」

「悪かった」


 そうして斎藤は会話を打ち切り、自身の身分証から家族の写真を出した。

 自分。妻。子供。

 誰もカメラに向かって笑っている。

 先立つ不幸を許してほしい。そんな事を遺書を書いた気がする。

 この騒ぎが失敗したら、間違いなく二人は犯罪者の家族呼ばわりされるだろう。

 俺は、なんて身勝手な夫で父親なんだろうか。

 それでも、俺はこの二人の家族である前に自衛官だった。

 防衛大学校を卒業した時、俺は若く希望に満ち溢れていた。

 まだロシアはソビエト連邦と呼ばれ、ドイツにはベルリンの壁があった頃。

 世界は冷たい戦争の真っただ中にいた時代。

 陸上自衛官として、訓練に励みいつ来るか分からないソ連兵や第三次世界大戦を戯言とは思いつつも、心の底で信じていた。

 だが、そんな時代も終わりを迎える。

 89年・ベルリンの壁崩壊。

 91年・ソ連崩壊。

 二大イベントを終えた世界は、平和になったかと言えば全く違う。

 世界は新たな戦争に時代に突入した。

 01年の同時多発テロ以降テロとの戦いと銘打ち、アメリカは泥沼へ足を突っ込んだのを尻目に中国はみるみるうちに経済発展を遂げ、ロシアもソビエトの遺産を使い確固たる力を手にしている。

 それなのに、日本はどうだ?

 バブル崩壊以降、衰退する国力を見てみぬふりして自分達だけ甘い汁を吸ってきた人間達が上でのさばり、若者の負担にしかならない老人達が世に溢れている。

 ……義理の父みたいな。 

 ガン細胞は、元気な細胞を殺しやがてを殺す。

 国の中身ですら大変なのに、国の免疫力も落ちている。

 体自体が健康体だと何の根拠も無く思い込み、勝手に免疫力を落としているのだ。

 そんな体を直すには、もう自然治癒力では無理だ。

 手術をしなければならない。

 荒治療になるだろう。ガンを取り除いた体は一度弱るかもしれない。必ず、他の細菌が襲いに来るだろう。

 だが、その体には強靭な物に生まれ変わった免疫がいる。

 今が、体を蘇らせる最後のチャンスだ。

 なあなあはもう終わりだ。

 何が何でも、白黒付けなければならない。

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