去る者を追う
襲ってくる寒気よりも先にシグを撃つ。
だが、向こうも銃撃に怯むことなく拳銃を撃って来る。しかも、撃ちながら俺に向かってくる。
寒気を感じ、相手を避けようとしたが相手の方が早く俺に跳びかかった。
床に押し倒されたが、のしかかる相手を抑えるためにシグを手放し両腕に力を入れる。
「このクソボケがぁ……」
なんとか押し戻せるが、相手も俺の手を握り、負けじと抵抗してくるので埒が明かない。
足も相手の膝で押さえられているので動かせない。
黒い覆面に空いた二つの穴からは、襲撃者の目が覗く。
部屋が薄暗いので虹彩の色はよく見えないが、その目に感情が宿っていないのが読み取れる。
サディストみたいに冷酷でもなく、かと言ってセルロイドの人形みたいな無機質さも無い。
敢えて言葉にするならば、そこだけぽっかりと穴が空いているみたいな感じだ。
「……何モンだ」
襲撃者は答えない。
当たり前か。
そんな目に、俺は個人的に興味が湧いて来た。
一体、どんな目的で俺の家に不法侵入してふざけたマネをしたのか。
感情が無い目を持つ襲撃者。
その矛盾が、俺を狂気の発想へと追いやる。
俺はニヤリと笑い、今まで腕に入れていた力を抜いた。俺の上に居た襲撃者は、急発進した車みたいにつんのめった。
その胸倉を掴み、相手を横に投げる反動で俺と襲撃者の上下を入れ替わる。
相手は素早く俺を殴ろうとしたが、その前に覆面を剥ぎ取った。
俺と同世代の女。
長い茶髪で頭の上にお団子を作っている、何処かで見たことある顔だ。
日本? いや違う、アメリカでつい最近見た顔。
思考により生まれた一瞬の隙を突かれ、俺は腹を殴られた。
痛みと共に寒気が襲う。
「がっ……!」
「ちぃっ!」
女が舌打ちをし、俺を突き飛ばした。
キッチンカウンターに頭をぶつけ、目の前に火花が散る。女は拳銃を拾い上げ、脱兎のごとく逃げ出す。
「……っ待てや!」
頭を押さえながら立ち上がり、走りながらシグの弾倉を満タンの物に交換する。
女はエレベーターに乗り、下に逃げた。
腹を殴られた痛みに耐え、頭をぶつけたせいで朦朧とする意識の中、必死に階段を駆け下りる。
涙と胃からせり上がって来る酸っぱい物で顔を濡らしながら、這う這うの体で一階に着いた。
それとタッチの差で女がアパートの外に出る。
片手で三発程撃ったが、当たる訳が無い。
俺も外に出て、車に乗り込もうとしている女に怒鳴った。
「このボケェ!」
涙を拭い、しっかりとシグを構える。
女は車の中に手を伸ばし、MP5SDを出してきた。
俺はシグを撃ったが、女がチャージングハンドルを叩いて弾を装填した時点で俺は寒気を感じ、アパートの中に引っ込んだ。
サプレッサーが内蔵されている銃だから銃声はしなかったが、外壁の破片が飛び、入口のガラス戸が割れる。
嫌でも銃撃を受けている事を思い知させる。
攻撃が止んだのを確認してもう一度外に出たが、女が乗った車はけたたましいスキール音を立てて走り去っていった。
俺は携帯を出し、班長に電話を掛ける。
「班長。赤沼です」
ここまで言って、俺は激しく咳きこんだ。
腹を殴られ頭をぶつけた後に全力疾走して銃を撃って、今までこうならなかったのが不思議だ。
『アカヌマ? どうした、何があった?』
部下が突然電話掛けてきて、急に咳きこんだのだから本気で心配している。
「す、すいません」
『落ち着け、そして、何があったか言え』
「……何者かに襲撃されました」
『なんだと?』
「家に上がり込まれてました。気付いてなかったら、後ろから撃たれてましたよ」
『今、家の近くだな? 襲撃者の特徴を言ってくれ』
「女、三十代、黒のウインドブレーカーにジャージズボン。逃走した車は、白のアウディのセダンです」
『分かった。私が調査係と警察に連絡しておくから、お前は本部に来い。マリアを迎えによこす』
「そうだ。奴はサプレッサーを装着した四十五口径拳銃と、MP5SDで武装してます。格闘戦も中々いけてました」
『……お前がそう言うのだから、本当に強いんだな。分かった、それも伝えておくよ』
「お願いします」
電話を切って、俺はその場に座り込んだ。
先程の銃撃で辺りは騒然としている。逃げた女の他に当事者は俺だけ。
マリアが迎えに来るまで、人々の奇異な目線を受ける事を考えるだけでどっと疲れが湧いてくる。
強襲係の赤沼が襲撃された。
そんな情報を持って僕の部屋に入って来たのは、ドローンの管理を任せている若手だった。
「副主任。強襲係からドローンの出動要請が」
時刻は七時過ぎ。自分と目の前の彼以外にドローンを動かせる者は、皆帰ってしまっている。
「了解。君は他の操縦出来る者に出動命令を。とりあえず一機、僕が飛ばそう」
「分かりました」
部下がそばのデスクの電話の受話器を掴む。僕は充電してたドローンとリモコンを手に取る。
僕がオフィスを出ようとしたところ、さっきの若手が追加で注文を出してきた。
「強襲係の赤沼さん、襲撃者の顔と車を見たそうなんで、強襲係でカメラ映像見せてください」
「分かった分かった」
その言葉通り、僕は強襲係のオフィスに行く。
そこには第二班の班長さんと赤沼、アストールさん他何人かの職員がいた。
「無事かい? 赤沼」
「なんとかな」
彼は氷のうで頭を冷やしている。後ろから殴られたのだろうか。
僕が機材の準備をしている中、赤沼の方は質問攻めにあっていた。
「本当に、襲撃者の顔に見覚えあったの?」
「ああ……。どんな奴だったか――」
不自然に言葉が途切れる。気になって、彼の方を向くと彼は口を開けたまま僕を見ていた。
「……なんだい?」
「…………思い出した」
「何を!?」
班長さんとアストールさんが食いつく。
「ハリー。一昨日、セントラルパークで昔の知り合いに会ったよな」
心なしか、声が怖い。
「それが?」
「俺はあの女に襲撃されたんだよ」
機材を弄っていた手が止まる。
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