パンドラの箱

 東から太陽が昇り、大地を照らす。

 町が目覚め、人が動き始める。

 俺が電話の音で叩き起こされたのは、そんな時だった。


「……はい」

『赤沼さんの携帯ですか?』


 江戸川の声だ。少し焦っているように聞こえるのは、寝起きで耳がおかしいからか。


「江戸川さんか。どうかしました?」

『今、静岡県警から連絡あったのですが……コンテナを監視していた、警官三名が殺されたようです』

「……は?」


 コンテナというのは、ケビン・レナードの陰謀によって日本に流れてきた銃器が詰まった不幸の箱の事だろう。

 よもや、矢上から聞いたコンテナいっぱいの銃器を買ったという“謎の男”が、それを監視している人物を抹殺し、銃器を取って行ったのか。


『今朝六時、交代時間になっても戻らないのを不審がった県警の人間が、死体を発見したんです』

「銃器はどうなった?」

『コンテナを開けられた形跡は無いが、万が一という事がある。赤沼さん、静岡へ行ってくれませんか? 確認の為に』

「まぁ、いいですけど」

『弓立が迎えに行きます。それじゃあ』


 電話を切られる。起き抜けの状況と相まって、軽い頭痛がしてきたが色んな物を飲み込んで俺はベッドから下りた。

 本部の前で待っていると、弓立の三菱・デリカD:2が俺の前に停まる。


「おはようございます」

「おはよう」


 挨拶を返し、車に乗り込む。車内は暖房が効いていて心地よい。


「赤沼さん。朝食は食べました?」


 車を発進させるなり、弓立が変な事を聞いて来た。


「まぁ、コンビニのおにぎり食ってきたけど」


 弓立は俺の発言に、哀れみの視線を向ける。疑問に思ったが、どうしてかはすぐに分かった。


「ダッシュボードの中に、事件の資料が入れてあります。読んでおいてください」

「ん」


 言われた通り、開いて中にあったクリアファイルを取り中身を確認する。

 ワザとか事故か。死体の写真が一番最初にあった。

 流石にこれで気分が悪くなるほど、俺もヤワではない。

 じっくり写真を見て、俺は口笛を吹きたくなる。

 頭に一発、心臓に二発。弾は四十五口径のホローポイント。銃声が聞こえなかったことや、現場に薬莢が落ちていた事から、凶器はおそらくサプレッサー装着した自動拳銃もしくは小型の短機関銃。

 警官達に何もさせず、一方的に殺害。しかも、対人用の弾と高性能な武器を使って。

 可哀想な警官達を襲ったのは、余程の手練れだろう。


「相手はプロの殺し屋か?」

「ウチの課長と県警の捜査員はそう考えているみたいですよ」

「何が目的だと思う」

「さぁ?」

「警官三人ぶっ殺しておいて、コンテナには指一本触れてない。銃器奪還が目的じゃなければ、一体何の為に警官を殺す必要がある?」

「気まぐれで人は人を殺しませんよ。何か理由があるんじゃないんですかね」

「……是非、聞きたいよ。襲撃犯に」


 ダッシュボードに資料を戻して、ホルスターからシグを出す。

 十五発の九ミリパラベラム弾が弾倉内に収まっている。その弾を、撃つ事が無いよう願うしかない。

 次に。


「……今更だけど、なんで車なの? 新幹線の方が早いじゃん」


 自分でも珍しく素直に不満を言う。


「それが、警察の現場検証が長いみたいで。現場で待ちぼうけ喰らうのもナンでしょう」

「それもそうか……」


 あまり腑に落ちないが、警察側の事情は分からない。俺がどうこう言える事ではないのだろう。


「……今回の件で、警視庁だけでなく地方警察の面子も潰れました。しかも、本庁……さらに言えば公安部が熱を入れている事件でのですからねぇ。面子、身内の殺害。いつも以上に捜査に身が入るそうですよ」


 納得はいかないが、理解は出来た。俺は欠伸をして、のんびり車窓から景色を眺める事にする。


 中央自動車道と東名高速道路を経由して、車は静岡県に入る。

 伊豆半島を抜け、駿河湾が姿を現した。


「海だ」


 俺はポツリと漏らす。海に不自由はしていないが、その大海原を目の当たりにするとどうにも感情が高ぶる。

 子供の頃、房総半島の南にある祖父の家に行った時は毎回海を見に行った。

 

「海……好きなんですか?」


 弓立が俺の呟きを拾い、会話を広げてくる。


「人以上には」

「フフッ。だったら、海自の方がよかったんじゃ」

「海は好きだけど、毎日見たらそのうち飽きそうでな。護衛艦乗るより、富士の裾野で穴掘ってる方が性に合ってただけだ」

「なるほど……。じゃあ、海外の海はどうです? 綺麗な青と真っ白な砂浜のグアム島なんて、素敵じゃないですか」

「別に、そこまで行かなくても海はある」

「あんまり、こだわりがないんですね」

「貶してんのか?」

「褒めてますよ」


 車は清水ジャンクションを降り、市街を進んで港に向かう。

 すると、左側に規則正しく積まれたコンテナの大群が見えてきた。

 警備していた制服警官に身分証を見せ、港内に入る。

 港内は広く、俺達が入った場所の向こう側にも同じようなコンテナ置き場がある。

 だがこっちは、傍に停まっていたスカイライン以外、車は停まっていない。

 それに、人気が全然無かった。微かにエンジン音や工場の稼働音が聞こえるだけで、静かだ。

 少し離れた所にある観覧車もどこか寂し気に見える。


「どうです、殺害現場に行きますか?」

「いや、先にコンテナの所に行こう」


 潮風を感じながら、だだっ広い駐車場を横切りコンテナの巣に走った。

 目的のコンテナの前には、スーツ姿の男が二人立っていた。

 警察手帳が見せられる。

 二人は殺された警官達の同僚で、コンテナ解放の立ち合いに来たようだ。

 駐車場にあったスカイラインは彼等のだろう。

 二人の態度は穏やかだが。


「県警からの牽制ですよ。……“公安とISSだけに、このヤマ事件は捜査させない”っていうのと“警察の面子をこれ以上潰すな”というね」

「……まぁ、身内を三人も殺されればそうも思うわな」


 目的はドロドロしている。……三人もいる刑事をいとも簡単に葬れる奴に対しては、いささか戦力不足な気がするが。


「……それじゃあ、開けますよ」


 刑事は持参したであろうチェーンカッターで、封印を解き始める。閂を外し、重々しい扉をゆっくりと開けた。

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