再会の裏側

 取調室に入る前、オールバックから指示された。

 余計な事を話させない、話さないと。

 彼なりに、今の私の立場を案じてくれたのだろう。身の潔白は証明されたが、相手がこちらに来るよう言ってきたのだ。

 どんな事をされるか。ケビン本人以外、誰にも分かりはしない。

 言葉巧みに、目の前の男をに置き行動するマリオネットにされるか。

 ISS脱出の為の肉壁にされるか。

 ……どちらにせよ、起こってはならない。自我を保ち、カンペを読み上げ必要最低限の質問だけをする。

 この無機質な部屋での唯一の拠り所は、浩史が渡してくれた彼の腕時計だけだ。

 ……彼は、浩史は、見守ってくれているのだろか。

 壁にはめ込まれた鏡を見る。

 当然だが、彼は見えない。

 しかし、甘えてはいられない。湧き出る感情を押し止め、淡々と質問をする。


「銃の調達ルートは? あれほどの量を集めるとなると、沢山あるはずです」


 彼はうんざりした顔で、私の顔を見つめる。


「さっきから、無味乾燥な質問しかしてこないね」

「……質問に答えてください」

「せっかく君を呼んだのに……。これじゃあ、意味が無いじゃないか」


 手のひらを上に上げ、肩をすくめた。


「……私は貴方と世間話したくて来たんじゃありません。……もう一度言います。質問に答えてください」


 睨み合う。ピリついた空気が漂い始めたが、ケビンが先に折れた。


「……まぁいい。後でじっくり話せばいいさ。どうだい? パフェでも奢るよ」

「……子供扱いしないでください」


 押し殺そうとした不快感が、口から漏れ出る。だが、彼は軽薄な笑みを浮かべたまま、語り出す。


「さっきの質問の答えだけどね……。主には軍と、警察だよ」


 コンテナ船からの帰り、浩史から聞いた事を思い出した。帳簿には、多数の軍施設や警察施設の名前が書いてあったらしい。調査係見立てだと、コンテナ船で取引していた商品は横流し品の可能性が高い。

 そう言っていた。

 その時はまさかと思っていたが、事の張本人から言われるとショックを受ける。

 法の下の正義を信じ、警官の道を進んだ身にとって自らが信じたモノの否定であり、更に言えば、かつて目標にしていた人物の口からそれを語られるとは。


「簡単なもんさ。予備として保管されている物、押収品、代替えの為廃棄される物。君が思っている以上に、銃というのは出回っているんだよ」

「……コンテナ一杯になるまでですか」

「ああ」

「……そんな大量の銃を持ち出して、よく今までバレませんでしたね」

「“塵も積もれば山となる”という言葉があるだろう? 地道に一丁ずつ集めていって、コンテナに詰めていった」

「……よくバレませんでしたね」

「事前に買収しておいたり、言いくるめたり。……苦労したよ」


 彼は目を細め、天井の方を向く。昔、祖父がおとぎ話を聞かせる時も同じ様な事をしていた。

 不快感が一瞬、懐かしさに飲み込まれそうになった。その感情を腕時計を撫で、頭から追い出す。私は溜息をつき、次の質問をする。


「それでも二年で、かなり儲けたんじゃないですか?」


 ――私が言い終えたと同時に、部屋の空気が一変した。

 良くも悪くも無機質だった空気が、一気に淀んだ。重く、ドロリとしたタールみたいな空気。

 それを発している男は、肩を震わせ大きな笑いを喉から出した。


「……何がおかしいんです?」


 彼は息を整え、話そうとするがまだ笑いが込み上げてくるようだ。


「儲け? マリア、君には僕がそんなものにこだわっているように見えるのかい?」

「……どういうことですか?」

「金なんか必要無い。僕が本当に求めたのは……君だよ」


 彼が私の腕を掴む。その腕は冷たく、同じ血の通った人間とは思えない。天井のスピーカーから、手を放せと声がしたがケビンは放さなかったし、私は恐怖で動けなかった。


「……僕の前から急にいなくなっただろう。人事は退職したと言っていたが……そんな嘘、子供だって騙せはしない。僕は考えたよ、君はどこかで人の役に立つために働いているとね。それに、君のその腕を生かせる所は限られる。だから、警察や軍に商談として入り込み君の行方を探ったんだ」


 彼の声が上ずる。


「だけど……君はどこにもいなかった。何処かに居るはずなのに、見つけられないこのもどかしさ! ……分かるかい?」


 彼の優しい問いかけに、私は必死に首を振った。


「でも、君はいた。……まさか、ISSにいるとは思わなかったけどね。それを知った僕は、君に会う為に頑張ったよ」


 白い歯を見せ、笑いだす。


「……わざと、口止めしている奴が休みの日に船を港に行かせて、わざと練度も経験もないチンピラを配置したのさ。……そして、事件は起きた」

「……港湾職員射撃事件」

「ああ。そうさ、そうだよ! ……ニューヨーク市警のに君がいると言われた時は、訓練中だったけど舞い上がりそうだったよ」

「…………」

「唯一の誤算は、昼のニュースで君の姿が一瞬だけ映ったことさ。楽しみが少し減ってしまったよ」


 彼はククと喉を鳴らした。


「……何故、私なんです」


 恐怖に震える声で、なんとか絞り出したのは疑問だ。

 その問いに彼は、教師の様に答える。


「君の、その純粋な正義感が欲しかったんだよ」


 思わず顔を上げてしまった。彼の顔を真正面で見てしまう。吸い込まれそうな目、魅力的とかそんなものじゃない。藻が大量繁殖した、底なし沼みたいな目だ。

 脳が警告信号を出すが、目をそらせない。

 助けを出そうにも、声が出せない。

 引きつった音が喉の奥から漏れそうになった瞬間、目の前にあった顔が吹き飛んだ。

 そのすぐ後、成人男性の体が床に転がる音と、パイプ椅子が倒れた音が部屋に響いた。


「マリア! 腕時計!」


 今すぐ聞きたかった声が、鼓膜を震わし反射的に腕時計を握る。すると冷たくなった腕に、体温が戻ってきた。


「……痛いじゃないか」


 彼は憎々しげに言うが、表情は笑顔のままだ。心なしか、その声は挑発的に聞こえる。


「“だれかが右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい”とキリストは言ったそうだ。テメェが被害者面する気なら、もう反対の頬も、差し出したどうだ?」


 浩史は、拳を更に握り締めながら言い放った。

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