因縁の再会

 ロサンゼルス国際空港に降り立つ。ここでも雲の様子も変わらないが、寒さはニューヨークよりかなり弱い。

 俺達二人は上着を脱ぎ、下に着ていた服の襟を掴んで溜まっていた暖気を少し出した。

 自然と顔に血が上ってくるが、マリアの顔色は優れない。

 車でああは言っていたが、やはりロスに近づくにつれ顔色は悪くなり声を掛けても、返事は曖昧になっていった。


「……怖いか?」

「……うん」


 彼女は腕時計を撫でる。お守りが、山を登る彼女を守ってくれると信じよう。

 タクシーを拾い、ISSロス支部に向かう。支部の前では、そこの調査係に所属する二人が待っていた。

 オールバックにスーツの男とプロレスラーみたいなガタイの男だ。


「お待ちしてました」

「よろしくお願いします。本部の赤沼です」

「……同じく、本部のアストールです」


 頭を下げ、支部の中に案内される。雰囲気は本部と大して変わらない。

 日の当たる喫茶店みたいな空気だが、今この瞬間、脇にぶら下げた拳銃を抜こうものなら、一瞬でその空気は凍り付き四方八方から銃口を突き付けられるだろう。

 勿論、そんな真似はしないが。

 エレベーターで五階に行き、ある一室の前で止められた。


「ここが、取調室です」


 オールバックが言う。


「アストールさん。まず、所持しているなら拳銃とか武器になる物。携帯などの通信機器を……赤沼さんにでも預けてください。まぁ、要は奴に使われて困る物全て取調室には持ち込まないでください」

「……分かりました」


 マリアは、腰に提げたグロックや携帯を俺の手に押し付け最終的に、パーカーまで脱ぎセーターになる。

 胸に手を当て、深く息を吸う。


「行きます」

「……取調室の様子は全て録画されます。音も取ります。隣の部屋では、私達が見ています。……何かあったらすぐに駆け付けますし、何かしようものなら貴女の身柄を拘束します」

「……はい」


 マリアは俺を見た。


「安心しろ、俺が居る」


 俺はそう言って、腕時計が巻かれた手首を指さす。


「うん」


 彼女は力強く頷いた。


「では、赤沼さん」


 巨体に促され、取調室の隣の部屋に入る。蛍光灯に照らされた、三坪程の部屋。家具も一つもない部屋にあるのは、隣の部屋を覗く為の大きい窓とインターホン。


「マジックミラーですよ。……よくあるでしょう」


 巨体は気さくに笑った。

 だが俺は、もっと気になる者を見ている。

 マジックミラー越しに初めて見た。思わず拳を拳骨にしてしまう。

 ケビン・レナード。

 年は四十過ぎだろうか。SWATの隊長やってるだけあり、体つきはがっしりしている。

 紺色の作業服の胸元には、SWATと刺繍されたワッペンが縫い付けてある。

 薄く笑みを浮かべ、パイプ椅子を安楽椅子みたいに揺らしていた。


「あの男が、ケビン・レナードですか?」


 巨体に問いかける。


「ええ。……そうだ。赤沼さん、こっちも質問していいですかね?」

「……何です?」

「赤沼さんは、日本の方ですよね、ISSに来る前はどんな仕事を?」


 意図が読めない質問だった。


「陸上自衛隊。普通科。……まぁ、歩兵だ」

「自衛隊の方でしたか。……階級は?」

「一等陸尉。普通の軍隊で言うところの、大尉だ」

「てことは、部下がいたと」

「まぁ……」


 俺の返答に、彼は満足そうに頷く。


「じゃあ、質問を変えます。……もし、貴方が自らの行動が原因で危機的状況に陥った場合、部下は命張って助けてくれると思いますか?」


 その質問で、俺は意図が読めた。


「……俺も、部下には信頼されていると自負してきたけど……多分ないな」

。でも、ケビン・レナードは違う」


 巨体の目が鋭くなる。


「私達が彼を確保した時、周囲の人間の気配が一変しました。……あれは、間違いなく殺意です」

「……殺意」

「ええ。……お気に入りの玩具を取り上げられて怒る子供とでも、言いますか」

「ウチの上司は、狂信者と言っていました……」

「そっちの方がピッタリですね。……ケビン・レナードは、まさに教祖です」

「…………」

「教祖自身を信仰対象にし、祀り上げる。そんな事をしても、人間は人間ですがね」


 巨体が言い終えると同時に、オールバックが入って来た。


「もうすぐ、アストールさんが入ります……感動の再会には、なりそうにないですがね」


 彼は冗談で言ったらしいが、笑えない。俺はオールバックを横目で睨んだが、彼は意に介さなかった。



 私は鉄戸のノブを回した。そして、ゆっくり押す。

 三センチほど隙間が空くと、取調室の空気が顔にまとわりつく。重く、冷たい空気だ。腐臭の様な臭いが微かにするのは、私の気のせいだろうか。

 しかし、気のせいでも鼻についたその異様な臭いのせいで、戸を押すのを止めてしまう。

 唾を飲みこみ、右手首にあるお守りを見た。

 何度目かの深呼吸。

 私は歯を食いしばり、一気に戸を押した。

 彼は、私の目の前に座っている。


「久しぶりだね。マリア」


 三年前と変わらない声。ケビン・レナードは、私のつま先から頭のてっぺんまで眺めるとニヤリと笑った。

 全身の毛が逆立つ。


「…………お久しぶりです」


 湧き上がる負の感情を押し殺し、挨拶をする。パイプ椅子を引きそれに座るが、かつての上司と目を合わすことは出来ない。


「会えて嬉しいよ」

「…………出来る事なら、会いたくなかったです」


 机の下で、ケビンから隠すように腕時計を撫でた。


「つれないなぁ……。でもまぁ、せっかくワガママを聞いてもらったんだ。あのコンテナ船の事を、話そうじゃあないか」

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