11月18日午後8時14分~21分

 ホテル五階。カジノ。

 そこに一人、男がいた。男は自分のヴェクターを壁に立てかけ、重症の仲間の手当をしている。

 歯が奥歯を除き全て折れていた部下をソファーに横たわらせた。

 その部下は歯が無くなり、まともに話すことも出来ないのに銃を手にし戦おうとする姿を見た時には思わず感涙したが、その体ではまともに戦えないと諭し休ませたのだ。

 カジノに投入した中で比較的軽症の部下が言うには、日本人の男と米国人の女の二人組がいたらしい。

 それを裏付ける様に、死体や怪我人の配置が大きく二つの離れていた。

 死因や怪我の種類も違う。

 カジノの入り口は二つあり、左手の入り口はしっかり狙って撃たれた事が分かる死体で、右手は乱雑に撃たれ揉み合いになったことが分かる死体だった。

 戦い方が違う二人組が、部下達を殺した。状況はそう言っている。

 その時点で、はらわたが煮えくり返りそうなのに。


「李……」


 目の前に転がっているのは、変わり果てた戦友だった。つい数十分前まで「博士を捕まえ、貰ったボーナスで生まれたばかりの子供に、玩具を沢山を買ってやるんだ」と嬉しそうに言っていたのに。

 ……李とは、二等兵からの腐れ縁だった。

 親の意向で嫌々軍に入った俺と違って、アイツは病気の親とまだ小さい弟達に楽させてやりたいといった理由で軍に入った立派な人間だったのに。

 人一倍働き、誰もが嫌がる仕事でも率先して引き受け、女にも博打にも手を出さず金を貯め故郷に仕送りしていた。

 親が死に、弟達が独立してからもその性格は変わらなかった。俺は最初こそ田舎者の農民の息子がと内心馬鹿にしていたが、アイツの素朴で温かい性格に触れその態度を改めよくつるむようになったのだ。

 しかし親のお陰で同期より早めに出世した俺は、李と会う事は無くなったがつい最近再会した。

 中国陸軍の特殊作戦部隊の部屋で。


「どうしたんだ! お前、こんな所で」

「……久し振り。僕のとこ、近々子供が生まれるんだ。だから、稼がなきゃ。……子供には、僕みたいな思いをさせたくないからね」


 そう言って、何年たっても変わらない笑顔を見せた。

 向こうが結婚していたことも知らなかったのに、若い時と同じように接してくれた。

 そんないい奴が。何故、無残な屍を晒さなければならないのか。

 頭は円筒状の物で殴られたせいで凹み、眼球は少し飛び出し、舌も開いた口から垂れ下がっている。

 あの朗らかな顔からは想像できない。

 俺は李の舌を仕舞ってやり、まぶたを目を潰さないように慎重に下ろした。更に、ハンカチを顔に掛けたやった。


「敵を取ってやるからな」


 無線越しの声が耳の中で蘇る。


「お前を殺した奴は、簡単には殺さない。生き地獄を味あわせてやる」


 俺が復讐を誓うと、無線が鳴った


<どうした?>


 無線を鳴らしたのは、客室探索に行かせた部下からだった。


<十二階に行った、趙と宋から連絡が無い。こちらからの無線にも出ないんだ>

<……本当か?>

<無線に問いかけてみたらどうです>


 その言葉通り、二人が持っている無線の周波数に掛けた。


<趙、応答しろ。宋、どうした?>


 流れてくるのは雑音だけだ。

 嫌な予感がする。


<……全員聞け>


 俺は無線に向かって話し始めた。


<エレベーター、非常階段に見張りを最低一人置き十二階へ向かえ>

<敵ですか?>

<それ以外考えられん。……金、出入口は封鎖したか?>

<ああ。外では、SWATが待機している。やるなら急いだほうがいい>

<聞いたか? 急いで十二階へ向かえ>


 俺は親友の遺体に背を向け、銃を取った。



 無線が切れた。

 もうすぐ、敵がここ十二階になだれ込んでくる。

 シルヴィアの翻訳を聞き終えると同時に、俺達は冷や汗を流した。


「……無線が役に立ったな」

「でも、どうするの? 脱出口、塞がれてるみたいだけど」

「……なんかで、陽動するのはどうだ? 慌ててる隙に、逃げる」

「それもいいけど、何で陽動するの?」

「……そうだ」


 俺は1201号室に放った、プラスチック爆弾の存在を思い出した。


「ハリー、お前プラスチック爆弾扱えるか?」


 彼は工兵だった。俺なんかより、扱いなれてるはずだ。


「……なんとか」

「信管はあるが、起爆装置は無い。これでも、爆破できるか?」

「方法は、ある」

「……よっしゃ」

「どうするの?」

「……詳しい事は、後だ。とりあえず、俺が爆弾に行く」

「僕も行こう」

「マリア、シルヴィア、博士を頼んだ」

「分かった」


 女性陣に博士を託し、1201号室に向かう。

 縛っておいた男達の意識は既に覚醒しており、俺達を見た瞬間猿ぐつわを嚙まされまともな言語を発することは出来ないのに、必死に雄叫びを上げようとしている。


「ベッドの上にある」

「これか!」


 ハリーはバッグをひっくり返すと、中身を調べ始めた。


「これだけあれば……赤沼、無線貸してくれ」

「ほら」


 腰に挿していた無線をハリーに投げ渡し、その代わりに男達の無線を奪った。


「大人しくしてたら、新しいの買ってあげるから」


 拝み手で謝っていると、ハリーが俺に声を掛けた。


「出来た」


 彼が俺に渡してきたそれは、無線に粘土をくっ付けたみたいな見た目だ。


「爆弾の量が少ないから、大した爆発は起きない。ただ、陽動に使う分にはこれでいいはずだ」

「どうやって使う?」

「強い衝撃を与えるんだ。壁に投げつけるなり、何なりしてな」


 準備は出来た。俺達は走り出す。そして、俺の頭に一つの作戦が浮き上がって来た。


 





 

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