11月18日午後8時4分~12分
非常階段の扉を開けた。
シンとしており、人気が無い事が分かる。
「誰もいない?」
「みたいだな」
「無線じゃ怒り狂っていたのに、カジノに増援を寄こさないんだね」
「あくまでも、目的は博士を捕まえる事だ。後でゆっくり、俺達を捕まえる気なんだろうさ。……好物は最後に食べるタイプだ」
俺はそう言って、階段を慎重に上り始めた。金属製の階段に、靴の踵が当たって音が鳴るたび神経をすり減らしながら一階一階階層を進んで行く。
そして、接敵することなく十二階に辿り着いた。
扉を少しだけ開け、廊下を確認する。奥の客室の前に二人見えた。扉に何かを仕掛けているようだ。
携帯を出しメッセージを送る。
<十二階に着いた。前と同じ場所か?>
二分後、シルヴィアからのメッセージが届く。
<少し場所を変えた。私達がいた部屋から三部屋離れた、1207号室に隠れてる>
「1207号室だって」
「それはいいけど、あの二人どうするの?」
「どうするかなぁ……」
フラッシュバンを投げ、目眩ましさせ無力化するのが最適解だが、ここから二人の所までフラッシュバンが届くか分からない。
いや、プロ野球選手でもないと届かないだろう。
なんとかして、近くまでおびき寄せたい。
銃を撃てば間違いなく寄ってくるだろうが、他の階から応援が来ないとも限らない。よしんばシルヴィア達と合流できても、向こうには数の利が在るため圧倒的に不利だ。
物音にも限度がある。他の階には聞かれずに、あの二人だけに聞かせるにはどうすればいいのか。
こめかみに指をあて、知恵を絞っているとマリアが肩を叩いた。
「浩史。あの二人が」
いつの間にか、扉の前から二人が消えていた。
「いない?」
体の脇にあったヴェクターを袂に持ってくる。安全装置は外れていて、薬室に弾も入っている。今、中国人が扉を開け俺達に襲い掛かって来ても戦えはする。
……生き残れるかどうかは別問題だが。
銃のグリップを握り、息を整えていた瞬間。
扉が光り、爆音と共に煙が上がった。
「クソッ! 目が!」
反射的に目を押さえ、鉄戸を掴んでいた手を押さえてしまう。だがそれを、マリアが押さえたのでなんとか大きい音を出さずに済んだ。
「扉を爆弾で吹き飛ばした!?」
六階での出来事を思い出す。確か奴らは、爆弾を使って鍵が開いてない扉を無理矢理開けていた。
薄く目を開け涙で滲んだ視界でも、睨むように吹き飛んだ扉の方を見ようとする。
二人が銃を構えて部屋に入って行くのが見えた。
零れる涙を乱暴に拭い取り、銃を握り直す。
「行こう。今のうちだ」
「目は?」
「見えなくなった訳じゃない。……心配してくれてありがとな」
最後だけ早口で言って、鉄戸を開く。
慎重に扉を閉め、ノブを元に位置に戻し、走る。足元はスイートルームが集まったフロアなので、ペルシャ製のフカフカな絨毯が敷かれていた。おかげであまり足音がしない。
二人が突入した部屋、1201号室の扉があった所の横に立ちフラッシュバンを部屋に投げ入れた。
約一秒後、男達の悲鳴が響いた。
「突入!」
俺は叫び、部屋に入った。
男達は目を押さえ、悶絶している。俺達は銃床で頭を殴り、気絶させ銃を取り上げ、靴紐で両手両足を固く縛った。
ここで叫ばれ助けを呼ばれちゃ堪ったもんじゃないので、アメニティーのタオルで猿ぐつわをさせた。
両手を合わせてはたき、男達が持っていた銃から弾を抜く。
コッソリ壊してやろうかと思案していると、マリアが俺を呼んだ。
「これ見て」
手にしているのは、キャンバス生地の大きめのバッグだった。留め具のバックルは外れており、それをペロリをめくった。
中には青がかった緑の粘土状の物体や、コード、信管らしきものが入っている。
粘土らしき物には心当たりがあった。
「……マリア、ライター貸してくれ」
「え? ……いいけど」
マリアからジッポライターを受け取り、火を灯した。粘土状の物を少し千切り火を近づけ、それを燃す。
それは激しく燃えるでもなく、線香のようにじっくりと燃えていく。
これで確信した。
これは紛れもなく、プラスチック爆弾だ。扉を破壊するための予備だろうか。
プラスチック爆弾は電気で発破させる、信管は電気信管だろう。しかし、起爆装置は無く俺達が使うことは出来ない。
ライターを返し、鞄をベッドの上に放り投げた。この部屋の客が善良な市民ならば、これを見つけたら警察に連絡するに違いない。
ベランダに出て、今度は俺が膜を破っていく。四つん這いになって進み、遂に1207号室まで辿り着いた。
その部屋の窓は開いていた。室内に入る。この部屋に泊まっていたのは女性らしく、際どい下着がベッドに置かれていた。
「シルヴィア、ハリー、俺達だ」
大声にならない様に声を上げる。数秒の間が空き、ベッドの下から声がした。
「ここだよ」
シルヴィアの声だった。俺とマリアが呆けていると、彼女はベッドの下から這い出て来た。
このホテルは清掃が行き届いているようだ。彼女には埃一つ付いていない。
「出してくださーい……」
か細い声。博士の声だ。声がした方のベッドを覗くと、博士がいた。
俺が博士を引っ張り出している内に、ハリーがバスルームから出て来た。背が高いせいで、ベッドの下には潜り込めなかったらしい。
手には俺達二人の銃が入ったバッグを持っている。
ようやく、全員集合だ。
目的地はあと少し、ここで博士を渡すわけにはいかない。
SCARを握り、俺は改めて気を引き締めた。
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