11月18日午後7時53分~午後8時2分
男は俺に掴みかかって来たが、後ろ向いて走ることでそれを避けた。俺の方が僅かに足が速かった。
走りながらシグを抜いて、後ろを向いて撃った。だが何発も撃っている内にスライドが下がりきった。
「おいおいおい!」
スライドストップを下げ、スライドを戻す。そしてホルスターに収めた。弾倉を交換している暇もなかった。
スロットマシーンの群を抜け、ルーレットのゾーンに入る。
目の前にあったルーレットテーブルに乗り、乗った場所にあったチップを派手にぶちまける。山になっていたチップを蹴飛ばして、そこまで迫っていた男の顔に幾つか当てた。
「ぐあっ!」
ボロボロになった顔には効いたようで、顔を押さえた。そこに、ルーレットテーブルからサッカーボールを蹴るみたいに、渾身の力で男の顔面を蹴った。
つま先は男の口に吸い込まれる様に入り、男の歯を何本も折った。
男は声にならない雄叫びを挙げ、倒れた。
「汚ねぇな」
スニーカーのつま先を相手のTシャツで拭う。しかも、靴紐の隙間には男の歯が一本挟まっていた。
それを摘まみ上げ、放り投げる。指もTシャツで拭った。
俺の方の敵は全て片付けた。
「マリア?」
中心にあるバースペースに出て、辺りを見渡す。彼女の銃声は聞こえない。不安になり、シグの弾倉を交換して辺りを散策する。二手に分かれた際の弱点だ。
彼女はポーカーのコーナーに居た。しかし。
「放せっ!」
「
指示を出していたリーダー格の男と取っ組み合いになっていた。彼女のウェイトや身長だと勝ち目は薄い戦いだ。
「マリア!」
咄嗟にシグを構えたが、男とマリアはほぼ重なっており九ミリパラベラム弾だと貫通する可能性もある。
撃てない。そう判断すると、バーカウンターに放置されていたウォッカの瓶を持ち、走った。
男はマリアを押し倒し、その手は彼女の白く細い喉を絞めた。
間に合え。それだけを思い、足に力を込めた。
マリアが俺を見る。口を微かに開け、何かを言おうとする。
「死ねぇぇぇぇ!」
俺は腹の底から叫び、腕で出せる最大の力で男の頭に瓶を振り下ろした。
瓶は景気のいい音を出して、粉々に散った。映画やドラマなんかでもこんな風に割れるが、アレは撮影用に割れやすい素材で作られているからあんな綺麗に割れるのであって、本来のガラス瓶はこんな派手に割れる事はないのだ。それなのに、俺が手にした瓶は粉々だ。
男の頭は瓶の形に少し凹んでいた。
強いアルコールの臭いが漂う。
少し呆然としていると、マリアの咳きこむ声がして正気に戻った。
瓶を捨て、急いで男の体を彼女の上から下ろす。マリアは何度も咳きこみながら、自分の喉をさすっている。
「大丈夫か?」
しゃがみ込んで、彼女と視線を合わせた。短い金髪はウォッカに濡れ、毛先から雫が垂れていた。マリアは俺と目が合うと、俺に抱き着いて来た。そして
「怖かった……」
泣き声でそう言った。
「もう、大丈夫だ」
周りには男達の死体が転がっている。全部彼女が片付けたのだ。よく見ると、彼女の隣に落ちているヴェクターの弾は切れていた。
何があったかは、察しが付く。
「大丈夫だ」
俺はもう一度言って、相棒を抱きしめた。
五分程経ち、ようやく俺達は立ち上がった。
「……顔洗っておけ」
バースペースにある水道を指さし、俯く彼女の背中を見送る。
俺はなんて声を掛けていいか分からず、頭を掻いた。
むっつりとした顔で腕組みをして、息を吐くと顔を洗ったマリアが戻って来た。
濡れた顔はパーカーで雑に拭いたようで、襟がビッショリ濡れていた。
「もう、平気」
「本当に大丈夫か?」
「……多分」
「……何かあったら、言えよ」
俺はヴェクターを改めて拾い、マリアはG36Cを拾った。カジノを出ようとすると、リーダー格の腰から声が聞こえた。
死体のポーチを漁ると、無線機が出てきた。
<李。
俺は無線を手に取り、通信ボタンを押した。
<残念。リ君なら、俺がロシア印のお酒の瓶でカチ割ってしまったよ>
数秒の沈黙の後、男の声がした。
<
<悪いが、中国語は大学で習ってないんだ。イングリッシュオンリーオッケー?>
<改めて問おう。貴様は誰だ?>
<……お宅等の敵。カジノに投入した奴等は全滅だ>
<敵。ISSアメリカ本部の人間か?>
<他に敵がいるんだったら否定するぜ>
<今、カジノは全滅したと言ったな……李は死んだのか?>
<ああ。最後にたっぷり酒を浴びれて、リ君は幸せだったかもな。でも、紹興酒じゃなくて可哀想だったかもな>
<……奴とは、軍隊で同期だった。それを、よくも……よくも殺したな>
<……悪いがそんなこと知ったこっちゃない。向こうは、殺そうとしたんだ俺達に殺されても文句は言えない>
<……目標を捕らえた後、お前を殺す。絶対に殺してやる>
<上等だやってみろよ>
シグを抜き空の瓶に向けて撃った。それと同時に、通信ボタンから指を離した。
「……これで向こうは、俺が無線機をぶっ壊したと思ってるはずだ」
「……それで?」
「奴は安心して、この無線で指示を出すだろう。それを聞いて、逆手に取るのさ」
無線機をポケットに入れた。
「博士達を迎えに行こうぜ、相棒」
「……皆待ってるよね」
そう言ってマリアはグロックの弾倉を変え、コッキングした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます