11月18日午後8時22分~31分

 俺を先頭に避難梯子を降りる。

 このホテルの避難梯子は、五階のカジノが終点になっておりそこからホテル内の非常階段で下に降りる形になっていた。

 非常階段は見張られているので、その前の階で梯子から手を離した。

 また四つん這いで一番奥の部屋のベランダまで行く。

 窓を銃床で割り、鍵を開け室内に入る。

 全員が入った事を確認すると、俺は手で皆を制し静かにするよう促した。そして、廊下へと続く扉を少しだけ開ける。

 見える範囲には一人しかいなかった。エレベーターホールに、ポツンと佇んでいる。獲物はモスバーグだ。

 小さく息を吐き、そっと扉を閉めた。


「見える範囲に一人。武器は散弾銃だ」

「この人数じゃ、負けないな」


 ハリーはそう言うが、俺の提案はそれとは真反対のものだ。


「……悪いが、俺一人で行かせてくれないか?」


 俺の声を聞いた四人は、衝撃を受けている。


「浩史一人で?」

「……ああ」

「危険だ、リスクが大き過ぎる」

「赤沼さんだけでは、危ないです」


 博士まで俺を心配しだす。


「確かにな。でも、俺じゃなきゃ駄目なんだよ」

「どうして?」

「……今から話すのは、俺が勝手に思い付いた作戦だ。だから質問や反対意見、もしくは、もっといい案があるのなら遠慮なく言って欲しい」


 そう前置きを言い、俺は作戦内容を語り始める。


「まず最初に、エレベーターホールの奴を無力化する。そして、服を奪い、変装するんだ」


 まずはそれだけ言うと、シルヴィアが最初に俺の真意に気が付いた。


「……なるほど。それが、赤沼じゃなければいけない理由」

「どういうこと?」

「彼が、


 シルヴィアの発言で、ハリーも分かったようだ。


「日本人が、中国人のフリをするのか」


 マリアも博士も理解したようだ。


「けど、覆面とか着けてなかったから、すぐにバレるんじゃないの?」

「すぐにバレても、服を変えてりゃ一瞬の隙は出来る。……そんでもって、非常階段の奴を無力化し、そこで爆弾を使って陽動させるから、階段が騒がしくなったらお前等はエレベーターに乗って、下へ逃げろ。俺も後から来るから」

「……やれるのか?」

「約束は出来ん。だが、やらなきゃジリ貧になるだけだ」


 今頃、敵の本隊は十二階を血眼になって引っ掻き回しているだろう。しかし、どれだけ必死になっても俺達は見つからない。

 他の階に逃げた。どんな馬鹿でもすぐにその結論に辿り着くだろう。

 じゃあどの階に潜んでいる?

 奴らは、俺達が迂闊に動けない状況を作り出しているから、見張りはそのままに兵隊を各階に送り出ししらみつぶしに俺達を探すはずだ。

 頭数も弾の数も、何もかも足りない俺達に勝利の女神は微笑みを向ける事は無い。

 行動するなら今すぐにだ。


「……マリア」


 俺は着ていたMA-1ジャンパーをマリアに差し出した。


「俺のジャンパー、お前に預ける。必ずと言えないのが辛いが、俺はお前に預けたジャンパーを戻って返してもらうからな」


 俺は彼女の目を見て言った。


「……分かった」


 返事は短かった。でも、それでいい。俺の決意は相棒に伝わった。それだけでいいのだ。

 格闘するうえで邪魔になるSCARを置くと、俺は扉のノブに触れた。


「少し開けてろ。階段の方が騒がしくなったら、エレベーターで下まで逃げろ」


 それだけ言い残し、俺は部屋を出た。ハリーが扉を押さえているので、閉まる音はしない。

 何度か深呼吸して、エレベーターホールに走った。

 スイートルーム程ではないが、それなりに高い絨毯のお陰で足音は男の隣に来るまで気づかれなかった。


「悪いな!」


 足音を聞いた男が振り返った瞬間、喉に一発。唐突に急所を突かれたせいで、男は声も上げずに床にうずくまった。

 更に無防備な頭に一発。男は気絶した。

 丸くなってる体を万歳の形にして、服やズボンを脱がせていく。すべて脱がせ終えると、自分も服を脱ぎ先程まで男が身に着けていた服に袖を通した。

 赤の他人の服を着ることに抵抗感はあったが、我慢する。覚悟もしていたが、サイズは少し小さかった。

 何度か肩を回したり、屈伸して服を体に馴染ませると、落っこちていたモスバーグを手に取り、ピクトグラムの看板が付けられた扉に向かう。

 緊張が震えとなって、手に表れるがもう引き返せない。

 扉を開けると、フィッシングベストを着た男がこちらに声を掛けてきた。


よう怎么了どうしたんだ?」


 和やかに話しかけてきたが、俺の顔を見た瞬間。表情を変えた。


「騙して悪いが、やらなきゃ死ぬんだ」


 般若になりかけの顔を一発殴り、胸倉を掴んだ。


「……悪いな」


 頭突きを喰らわし、男を昏倒させる。そして、ポケットに入れてある爆弾を出した。手すりから身を乗り出す、一回の床が霞んで見えた。

 爆弾を持った腕を伸ばし、爆弾から手を離した。

 一秒か二秒間が空いて、狭い空間に爆音が轟く。俺の下の階の見張りが全員、下を覗いる。

 散弾銃を、適当な奴の頭を狙って撃つ。

 三階の見張りの頭が砕け散り、頭を失った体は重力によって下に落ちて行った。


「~~~~~~!」


 中国語で何か叫ぶ声がした。何を言っているのか、さっぱり分からないが俺の所には弾は飛んでこなかった。

 見張り達は見当違いの方に銃を撃っている。俺はポンプを動かすと、見張り達が狙っている方にもう一度引き金を引いた。


「弾の無駄使いだな」


 そう呟くと、下の方で扉の開く音がした。すると、銃声が幾つか増えた。おそらく、エレベーターホールの見張りが銃声を聞きつけ応援に来たのだろう。

 こちらとしては、好都合だ。

 もう一発だけ撃って、俺はその場を後にした。

 エレベーターホールに転がされている男はまだ目覚めていなかった。エレベーターの一つが、一階にいる事が上のランプで確認した。

 下に降りるボタンを押し、もう一基のエレベーターを待つ。七階で止まっていたその基は、すぐに来た。

 開いたそこには誰も載っていない。

 それに乗り、俺は一階のボタンを押した。

 扉が閉まりモーターの起動音だけが空間を支配する。

 俺は溜息をつくでもなく、頭を掻くでもなく、ただ上のランプを見つめていた。

 だが。

 突如エレベーターが動くのを辞めた。


「…………」


 俺が散弾銃に手を触れた瞬間、無線から声がした。


<……聞こえているか、日本人>


 聞き覚えのあるその声は、カジノで話した男の声だった。

 

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