11月18日午後7時25分~34分

 メインホールへ通じる扉を、そっと少しだけ開ける。

 2センチ程の隙間から、ホールの様子を見た。

 そこには誰もおらず、カウンターの前にボストンバッグが三つ無造作に置かれていた。

 目標を探す為に、各階に散らばっているのかもしれない。

 だとしたら好都合だ。

 なるべく音を立てないように、更に扉を開けていきメインホールへ入った。

 人の気配は無い。一直線にカウンターの方へ向かう。

 俺はカウンターの上にある、ホテルのパンフレットを手に取った。

 マリアはボストンバッグのファスナーを開き、中身を確認する。

 案の定、パンフレットにはホテル内の地図が描いてあった。


「浩史、これ」


 マリアがボストンバッグをこちらに寄越した。パックリ開いたファスナーの中を見る。

 そしてこれも案の定、弾薬や銃器が詰められていた。弾倉はH&K G36の物もあり銃器の中にはスモークグレネードやフラッシュバンもあり、明らかに対人戦を想定して装備が選定されていた。

 

「猟師では無いな」

「これだけあったら、熊も狩れるけどね」


 散弾と.45ACPが込められた弾倉を少し奪う。ジャケットやベルトにグレネードの類を突っ込んだり挟んだりした。

 顔を上げ、視線がカウンターに移る。黒色のスラックスを履いた足が目に入った。


「まさか……」


 嫌な予感が脳裏を掠めた。

 カウンターを乗り越え、事務所に入った。

 黒いスラックスの主は、俺達がチェックアウトした時に応対した係員だった。見た感じ、目立った外傷は無い。首筋に指を添え脈をとった。

 心臓は動いている。口元に手をかざすと、微かに呼吸の感触があった。


「よかった生きてる」

「どうする?」

「とりあえず……」


 彼の頬を叩き、意識を戻させる。無表情が苦悶の表情になり、穏やかな呼吸が全力疾走した後みたいになっている。


「わ、私……アレ?」

「大丈夫ですか?」

「う、うわぁっ!」


 尻を地面に着けたまま足をバタつかせ、目を見開きながら後ずさった。


「あ、貴方達は……」

「ISSアメリカ本部の者だ」


 俺達二人は揃って、身分証を突き付けた。


「ISS?アナタ達が?」


 声が少しうわずっている。


「そ、そ、そうだ!貴方達の部屋に、電話を掛けたんですが中国の団体さんが……」

「電話には誰が?」

「女性が出ました……そうしたら、頭を殴られまして……」


 そう言って彼は、頭を撫で回した。瘤に当たったのか、痛そうに顔をしかめる。

 彼の視線の先には、コードでぶら下がった受話器があった。


「……それにしても、やけに静かですが」

「まぁ、色々あったみたいで。……とりあえず、向こうの従業員専用出入り口から駐車場に出て脱出してください」

「どうしてです?」

「銃を持った連中がホテル内を徘徊しています。早いところ、逃げた方がいい」

「………………本当ですか?」

「はい。ですからもし、鉢合わせても抵抗しないでください。見つけたら、息を潜めて音も立てない様にしてください。そして絶対に……死なないでください」

「……分かりました」


 状況を飲み込めていない顔をしている。銃を持った連中がそこらをうろついている状況を飲み込むなんて、銃社会とは言えど普通の人間には出来るはずがない。

 しかし、これを怠ればこの係員は死ぬ。それだけは避けたかった。本当なら、俺が付いて行き外まで出るのを見届けたいけれども、状況がそれを許さないのだ。

 本来の任務は、博士の護衛。そしてこれは俺の我儘。

 それを両立出来るほど、俺は器用ではなかった。


「……死なないでください」


 俺の我儘が通用するのは、ここまでだった。

 自分の顔がどうなっているのかは分からない。だが、係員が虚を突かれた顔をしマリアが悲しそうな顔しているのが分かる。


「分かりました。絶対に、生きて外に出ます」


 必死そうに俺に言った。その様子は、まるで駄々っ子を宥める子供の様でもあった。

 しっかりクリアリングしてから、係員を送り出した。

 従業員専用の扉を開いたところを見ると、さあ行こうと言って非常階段に向かった。


「さぁ、ここから、十二階までか……」


 上を見上げ、げんなりする。

 かと言ってエレベーターを使って、敵と鉢合わせはしたくない。


「エレベーターを血染めにするよりマシでしょ」

「畜生、まったく楽しい仕事だなぁ!」


 先程までの気分を吹き飛ばすように、皮肉を言う。散弾銃を強く握りしめ、階段を上り始めた。

 しかし、音を上げたのは俺ではなくマリアの方だった。


「ちょっと、待って……」

「まだ半分しか上ってないぞ」


 息を切らし、壁に手を付いている。


「……煙草、止めようかな」

「そのほうがいい。百害あって一利なしだ」


 俺も階段に腰掛けようとした瞬間。冷たい何かが、背筋を走った。その感覚は間違いなく、修羅場になると出て来るものだ。

 咄嗟に上を見上げる。ヴェクターの銃口がこちらに向けられていた。

 

「伏せろ!」


 叫ぶと同時に、散弾銃の引き金を引いた。轟音と三点バーストの射撃音が重なる。

 すぐそばの壁に穴が空く。マリアも応戦し始める。だが、打ち上げる形にしか撃てないためこちらの弾は当たらない。


「ここは引こう」


 六階のフロアに続くドアに手を掛け、ノブを捻る。錠が空き、それを蹴り開ける。クリアリングし周囲の安全を確保する。


「大丈夫そうだ、来い!」


 マリアは弾倉内の弾が無くなるのと同時に、フロアに入り扉を閉めた。

 俺が殿になり、後退する。マリアが弾倉を交換する音と、階段を駆け下がる騒がしい音が響く。

 扉が開いた瞬間、そこに散弾を撃ち込む。

 だが。


「こっちからも来た!」


 マリアが叫び、俺が振り向くと反対側からも二人敵が走ってきている。


「この部屋に入れ!」


 運よく扉が開かかれたままになっていた部屋に飛び込む、コンマ数秒後俺達が立っていた場所には何十発もの弾丸が通り抜けた。

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