11月18日午後6時52分~午後7時24分

「中国人の団体?」

『ええ、フロントからたった今連絡があったんだけど、急に通話が切れた』

「マズイな。博士連れて、俺等が行くまで隠れてた方がいいんじゃないか?」


 どうやら、俺の声をマイクが拾ったようだ。


『とりあえず、ベランダ伝いに逃げてみる』

「無茶すんなよ」


 向こうが電話を切った。

 マリアが携帯を仕舞うと、同時に俺達は走り出した。

 人混みを掻き分け、無理矢理道を作っていく。


「退いてくれ!」

「すいません、退いてください!」


 人を避けて進みたいが、肩がぶつかろうもんなら。


「なんだバカヤロー!」


 と罵声を浴びせられる。そんな声に一々構ってられない。ホテルに戻る道は、やけに人が多くなっていた。

 勿論、人が多くいたのは最初からだが、それにしてもたかが数分でここまで多くなるものか?と考えるほどに多くなっている。

 ホテルの前は騒然としていた。

 従業員や着の身着のまま逃げ出してきた様子の金持ちが怪訝な顔して立っているのだ。


「どうしたんです?」


 バスローブ姿の禿親父に問いかける。


「……火事が起きたって放送があったんだ。慌てて外に出てみれば、煙すら出ていない。ホテルには戻れないしどうなっているんだ!」


 親父は酷く憤慨して、俺に唾を飛ばしながら大袈裟なリアクションをした。


「……そうか。ありがとう」


 うんざりしながらも、状況が分かったことに感謝して離れた。


「どうだった?」

「……教育が行き届いている」

「え?」

「火事だって放送が入ったらしい」

「でも火事なんて……」

「多分ホテル側も中国人が銃を持っている事が分かった時点で火事だって言って、客を逃がしたんだろう。銃を持った連中が入って来ましたなんて、言ってみろパニックになるぞ」

「……つまり?」

「状況は最悪に近い」


 メッセージアプリを開き、シルヴィアにメッセージを送る。


<ホテルの前にいる。今どこだ?>


 すぐに既読が付き、返答が来た。


<隣の部屋のベランダに居る>

<しばらくそこで身を隠していろ。なんとかしてホテル内に入る>

<了解>


 携帯をポケットに突っ込むと、ホルスターからシグを抜いた。マリアもグロックを抜く。


「ホテルに入る。だが、正面玄関から入るのは危険だ。人の目もある。マリア、何か案は無いか?」

「駐車場にあるはずの通用口から入るのはどう?」

「それでいこう」

「駐車場は地下にあるみたいね」

「よっしゃ、行こうか」


 野次馬の間を縫うように進みだした。

 幸いにも、シャッターは閉まっていなかった。ホテル側が脱出出来るように開けたままにしているのだろう。

 突入してきた連中からすると、外からの闖入者を防ぎ目標を閉じ込める役割を果たすシャッターを早いところ閉めたいだろうが、まだこうして開いている辺りまだ防犯システムや機械室には侵入できてないのかもしれない。

 出来る事ならば、システムを掌握される前に三人と合流したいところだ。

 『関係者以外立ち入り禁止』のプレートが貼られたドアの前に立つ。鍵は開いていた。二人でそれぞれ左右の壁に張り付き、互いを見つめた。確認の為頷き、俺がノブを捻った。

 勢いよく室内に突入する。

 静かだった。自分達の呼吸音しか聞こえない。飾り気のない質素な廊下が従業員専用の場所であることを物語っている。

 

「気ぃつけろよ」

「分かってる」


 警戒しながら、フロアの奥に進む。

 更衣室や倉庫が並ぶ廊下を歩いていると、人の声が聞こえた。


停车场在哪里駐車場は何処だ?」

就在那儿,我向左转そこを左に曲がった所だ


 中国語だ。ガチャガチャした音も混ざっている。おそらく、銃を首から提げているのだろう。それがベルトかなんかに当たっている音だ。

 マリアを手で制し、息を潜める。

 

「敵が来る。俺が一人、お前が一人やれ」


 小声で指示を出す。そして、角の所に立ち二人組が来るのを待つ。

 中国語で喋っているので、何を言っているのか分からないが何かを愚痴っている事が口調で察する。

 ライフルか散弾銃の銃口が壁から飛び出した。

 俺は反射的にそれを掴む。掴み、それを引いた。


什么なに!?」


 銃を離さず、引っ張られた奴の顔を拳銃に装填された弾倉の底で二回殴打した。

 マリアは突然の襲撃に驚くもう片方に飛びつき、腹に銃口を押し付け素早く二回撃った。

 呻き声を漏らし、二人組は沈黙した。

 二人共防弾ベストを着用していたので、マリアが撃った方も生きていたが9ミリ弾を至近距離で受けたせいで気絶している。

 こんな物を観光客がファッションで着る事なんてない。間違いなく、戦闘員だろう。

 俺が倒した方の得物は散弾銃。モスバーグ500だった。

 レミントン870と双璧をなすベストセラーの12ゲージ散弾銃。これは、室内戦闘時に取り回しやすいようにストックが落とされていた。

 切り取られた部分にはガムテープが巻いてある。銃身の方は手つかずだった。

 銃身を切り落とせば、散弾がすぐに散らばるようになり近接での攻撃力が上がるのだが、弾が入るチューブが銃口ギリギリにあったのでそれで切り落とすのは止めたようだ。

 マリアが倒した方の武器はクリスヴェクター。.45ACP弾を使用する、サブマシンガンだ。

 一見すると、武器とは思えない風貌だが立派な武器だ。反動が少なく、扱いやすいと聞く。

 俺がモスバーグ、マリアがヴェクターを持つことにした。

 弾を拝借し、中国人二人組をそいつらの靴紐で縛り拘束した。

 拳銃以外の武器を手に入れ、俺達は三人の救出へ急いだ。

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