11月18日午後6時17分~51分

 CIAのある部署の部長の部屋。


「どういうことですか!」


 四十歳程の男が、高級スーツを着た初老の男に怒鳴る。男は机を叩き、不機嫌であることをアピールしていた。


「だから、撤退だ。バイタ―部隊及び待機している部隊も全て」

「……たった今、博士とISSの護衛達がラスベガスのホテルに入った事が衛星からの映像で判明しました。だから!」

「だから?部隊を動かすと?」


 初老の男は冷笑を浮かべ、向かい合っている男を見た。


「ハッキリ言うけどね。もう赤字なんだよ」

「は?」

「大学で三名殉職。バイタ―部隊は空港での戦闘で五分の一が死亡もしくは重体。諜報部の方からは、貴重なエージェント一名が重体になったことによる苦情と責任問題が私達の問われている。更に言えば、情報管制に各国の戦闘員の問題もあるのだよ」

「………………」

「だが、どうだ、博士を捕まえて得られるリソースは?ミサイル強化による国防力の増強だけ、むしろ外交方面は悪化するだろうね」

「………………」

「君だけだよ、今もこんなに躍起になっているのは」

「……ですが」

「なんだね」

「ロシアの遊撃隊と、北の戦闘部隊が撤退したとの情報が入りました。今なら、横槍を入れられることなく、博士を――――」

「分かってないのか君は!」


 顔色こそ変わっていないが、顔は般若そのものだった。


「……たった今より、君をバイタ―部隊及び全戦闘部隊の指揮権を剥奪する。出て行きたまえ」

「しかし!」

「黙れ」


 一言で男を黙らした。初老の男は内線を取り、二・三言話すと一分も経たないうちにプロレスラーみたいな大男が、男を取り押さえた。


「連れていけ」


 初老の男は冷徹に言い放った。


「放せ!放せと言っているだろう!」


 必死に抵抗するが、ガッチリと拘束された腕は動かない。

 男の罵声や怒号が遠ざかると、初老の男はパソコンを立ち上げた。

 その画面に映るのは、ISSとの戦闘で全滅又は壊滅状態に陥った部隊の写真だった。


「まぁ、他国の部隊をこれだけ潰してくれたし遊撃隊の情報も手に入った。これでいいさ」


 陰気な笑み。まるで最初から、これが目的だったと言わんばかりだ。



 初めて目にするスイートルームは、贅沢という概念が部屋や家具全体に表れていた。


「ベッドがフカフカだ……」


 下品でもなく、かと言って上品とも思えない程のオーラを纏っている。言葉にするなら、程良い威圧感とでも表現するか。

 恐る恐るといった具合に、柔らかい絨毯の上に銃が入った鞄を置く。

 こんなスーパーに買い物に行くみたいな恰好で、来ていい場所ではないことがよく分かる。

 入室してから五分も経っていないのに、早くも居心地の悪さを感じた。


「……買い出し行って来る」

「じゃあ私も付いてく」


 マリアが手を上げる。昨日はハリーとシルヴィアが買い出しに行ったので、釣り合いは取れる。


「分かった行こう」


 自分のホルスターからシグを出し、マガジンを抜き残弾を確認する。マリアも同じ様に自分のグロックを確認した。

 ライフルなどの長物は持って行けない。

 外にいる間は、コイツが頼りだ。

 二人揃って外に出て、コンビニを探すためにラスベガスの街を彷徨う。

 平日だっていうのにお祭りの日を思い出す、騒がしさだった。


「賑やかだ」

「友達が、毎日がハロウィンみたいだって言ってたなぁ」

「そうなのか?」

「変なコスプレして、逮捕されてる人を見たって」

「ハハッ」


 噴水の前を通る。

 若者集団がいたる所で酒を片手に騒いでいた。馬鹿な話で盛り上がり酔っぱらう姿は見苦しいが、あんな殺伐とした空気を吸っているよりはまだ居心地はいい。


「なんか、現実感が無いな」

「どうして?」

「朝、ロシアの特殊部隊とやりやったのに、こうして五体満足でベガスの街歩いてるなんてさ……」

「確かに、私もISSに入った頃はそんな事考えてた」

「やっぱり?」

「毎日大変だった。……今の赤沼みたいに」

「そうか」

「警察に居た頃も大変だったけど、その時よりよっぽど。考えてる間も無く、いつの間にか相棒が出来てた」

「そうかい」


 俺の相槌に頷くと彼女は噴水の方を見た。水柱が上がり、それらがライトアップされる。

 目の前で見る噴水ショーは、幻想的で心の中にある自分が世界から切り離された存在かもしれない感覚に拍車をかけた。

 自分が考えている事が、実は社会的には狂人の考えではないか。

 でも、これは自分が貫き通すと決めた信念でありいくら狂っていると言われても変えるつもりはない。

 たった一人の正義の味方なんて、今時のガキすら食いつかないモンを名乗るつもりはないが、それでも味方は欲しい。

 隣にいる相棒に話してみるべきか。

 出会って一か月と少し。話すべきか否か、本来なら迷うべきことではないが。俺は彼女の事を知らない。

 知らなすぎる。勿論、信用に出来る相棒であるはずなのに、彼女の事を知らないが為に自分の事を話すのが怖いのだ。

 この恐れは、まだ拭えそうにない。


「……浩史」

「え?」


 突然の名前呼びに戸惑う。


「アンタは、昔の事で後悔してるって事は無い?」


 言葉はハッキリしているが、概要はボンヤリしている質問だった。


「昔による。子供の頃か?それともつい最近か」

「……昔の仕事をやってて。浩史は、なんだっけ?日本の陸軍?」

「陸軍じゃない。陸上自衛隊」

「じゃあ、自衛隊に居た時に後悔した事は?」

「色々と……」


 半年以上前の新宿駅構内に記憶が飛んだ。

 少女の黒い目が、スクリーンの様に目の前に浮かび出る。

 その目を頭を振って消す。


「……じゃあ、人の悪事を見逃した事は?」

「……それはない」


 俺が答えると、彼女は悲しそうな顔をして噴水の方を見た。質問の意図が分かった。マリアもマリアで、自分の事が掴めずにいたのだろう。

 一歩踏み出し、彼女の隣に並ぶ。


「……別に、お前が後悔しているなら次からは見逃さなければいい」

「………………」

「俺もお前も、失敗を積み重ねてここにいる。過去には戻れないんだ。デロリアンも無ければ、ドラえもんもいないんだからな。だったら、前を向くしか俺達は出来ないんだよ」

「………………」

「後悔している事を聞いたな。……俺は人の命を奪ってしまった。救えたかもしれない命を、見逃してしまった」


 俺の言葉に、彼女が反応した。


「あの子はもう生き返らない。だけどな、俺はあの子の事を胸に刻んで生きようと思った。それが俺の前の向き方だ」

「……浩史」

「俺は、救える人を救いたい。たとえ、どんな結末になろうとも俺は全力を尽くす」

「………………」

「マリア。この件が終わったら、俺に話してくれ。俺も、お前に話したい事がある。どんな結末になろうとも……相棒、俺はお前の味方でいる」


 ほとんど勢いで話してしまった。先程まで恐れていたのに、都合のいい自分が嫌になる。

 けれど、全てを話せたのは自分にとっていい事だと思う。


「……私も、アンタの味方でいる」


 互いに迷いが消えた瞬間だ。


「――コンビニ行こうぜ。三人が腹空かせて待ってるだろうし」


 照れくさい。それを誤魔化すように、話題を変えた。


「……そうだね!」


 マリアが笑った。

 だが、携帯の着信音が鳴った。


「私の、シルヴィアからだ……もしもし?」


 スピーカーに耳を澄ます。


『もしもし!マリア?今フロントから連絡があって、中国人の団体が大荷物持って入って来たって!』

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