11月18日午後7時34分~45分

 急いで部屋の扉を閉める。鍵も締めた。

 怒鳴り散らす声と、鉄戸を叩く音が扉越しでもよく聞こえた。


「クソッタレ……」


 俺はそう吐き捨てた。


「でも、少しは安心していいかも」

「どうしてだ?」

「ここの扉は鉄。鍵はオートロック。銃で壊そうとすると、弾が跳ね返ってくるの」

「跳弾か」

「そう。だから、警察では丸太みたいなブリーチング道具を使って、扉ごとぶち壊して開けるの。扉の前に居る奴らは持ってなかったし、持ってくるのにも重いから時間がかかる。持ってると仮定しても、十分はイケるはず」

「なるほどな」


 元SWAT隊員だけあって、かなり詳しい。だが、俺はのんびりできるほどの肝は持ち合わせていない。

 部屋の奥に進む。

 この部屋の客も、慌てて飛び出したみたいだ。

 ベッドの上や床には、中身がひっちゃかめっちゃかだったり、ひっくり返ったままのスーツケースが転がっている。

 しかも、バスルームからは湯気が立ち昇りシャワー音が聞こえている。余程慌てて逃げたのだろう。

 荷物の山を跨ぎ、ベランダに出た。

 見下ろすと、下に山程いた野次馬の集団の中に緊急車両のライトも混ざっている。

 確実にここの出来事は大事になっていた。


「浩史」

「なんだ?」


 マリアはベランダの部屋を仕切る白い壁を触っていた。

 扉をノックするみたいに触っている。すると、下の部分を殴った。軽い音が鳴り、白い壁を突き破った。


「ここから出れる」

「……その手があったか」


 このようなベランダ付きの高層建築には、災害時の避難用にベランダの仕切りに簡単に破れる膜が張ってあるのだ。

 それを破って隣の部屋に行ける。

 この部屋は建物の真ん中にあるので、どちらかの側に行けば避難用の梯子があるはずだ。


「マリア、とにかく進め。俺はここで見張りをする」

「了解」


 彼女はヴェクターで膜を丹念に破っていく。かくいう俺は、ストックが無いせいで構えられないモスバーグを腰だめで扉の方で銃口を向けた。

 扉を叩く音は聞こえない。

 手榴弾に散弾銃。敵を待ち構えるのには十分だが、緊張はする。

 心臓の鼓動だけが聞こえる。一定の間隔で呼吸しているはずなのに、肝心の呼吸音は聞こえない。

 瞬きをする一瞬の暗闇すら怖くてしょうがない。

 生え際に大量の汗が搔いている。緊張している、それがよく分かった。


「浩史!梯子に着いた!」


 マリアの俺を呼ぶ声。

 その声で我に帰った。


「今行く!」


 叫び。仕切りに手を着いた瞬間、扉が爆音と共に吹き飛んだ。


「は?」


 煙の中から現れた中国人の集団。俺の姿を確認した途端、手に持つ銃器を向けた。ゾッとした感覚が体全体に巡らされた神経を刺激する。

 反射的に引き金を引いていた。

 12ゲージの散弾に詰められた玉が散らばり、前列に居た数人の体に穴を空けた。

 ポンプを引き、空のシェルを出させる。空いた一瞬の間に、手榴弾のピンを抜き投げた。

 転がり、匍匐前進で進む。背で爆風を感じた。

 慣れた動きでも、恐怖や緊張によって動きが鈍くなる。それでも必死に腕を動かし、マリアの所に這い出た。


「奴等、ブリーチング道具は爆弾だったぞ」

「……嘘でしょ?」

「嘘だと言って欲しいよ」


 そう言って立ち上がり、梯子を見た。避難用の物なので下にしか通じていない。一旦下に戻って、もう一度上に昇る事になる。

 中国語の罵り声が聞こえ始めた。


「下りろ下りろ!」


 マリアに向かって怒鳴り、俺は伏せた。銃を横に傾け、中国人と対面する。


「死吧!」


 何を言っているか分からないが、何を言っているか分かってしまう。


くたばるのはテメェだFuck you!」


背筋に冷たい何かが伝わる、胃が縮こまり溜まっていた空気が送り出される。それを紛らわせる為に、叫ぶ。そして顔に散弾を撃ち込んだ。

 相手の顔の肉や骨が粉々になる。

 更に後続の人間の為に置き土産の手榴弾を放り込んだ。

 立ち上がり、梯子の穴に入る。数秒後、爆風が頭を掠めた。

 慎重に梯子を下り、コンクリートに足を着けた。


「危ねぇ……」

「大丈夫?」

「……下手したら死んでた」


 深呼吸をして、その場にへたり込んだ。顔を手で拭い頭を掻いて、その場を見渡す。

 ベランダではなくだだっ広い、砂が薄く積もったコンクリート床の広場だ。

 このホテルは六階から客室で、それより下の階は遊戯場などだ。ポケットに折って入れておいたパンフレットを開く。

 五階はカジノだった。つまりここは五階の天井だ。

 パンフレットをマリアに差し出す。しかし、それを見た彼女は渋い顔をした。


「……出入り口が二つしかない」


 それ聞き更に俺も渋い顔をした。


「……待ち伏せするにはうってつけだな」


 散弾銃にシェルを込め、ジャンパーやポケットに挟んであるグレネードを確認した。


「そっちは?」

「ヴェクターの弾倉が銃に入ってるのも含め、五本。グロックの弾倉が二つ。M67手榴弾が一個」


 現状の戦力不足は否めない。俺の手持ちを合わせても、太刀打ちできるかも分からない。


「出来ると思う?」


 彼女が口にしたのは、当然の質問だ。


「……やらなきゃ死ぬ。俺は御免だね」


 散弾銃のポンプを大袈裟に引き、大きな音を出した。


「じゃあ……やりますか」


 そう言って彼女は、煙草を咥えた。

 立ち上がり、近くのガラスを割って中に飛び降りた。

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