人殺しの目

 思わず携帯を落としそうになったが、なんとか持つ手を保つ。


「……本当ですか?」

『この目でしっかりと見ましたよ、大破した車から出た来た奴をね』

「…………それで?」

『ロス市警のお偉いさんを人質に逃走。今防犯カメラで追っています』

「……警官なら、それぐらい見越してるだろう」

『ええ。正規ルートじゃ中々見つかりませんが、それ以外のルートだったら意外と見つかるものですよ』

「……期待していいですか?」

『出来る限りの事はしてみますよ。……今どこです?』


 銃砲店の住所を告げた。


『そこですか。だったら、しばらく匿ってもらってください。また連絡します』


 電話は一方的に切れる。俺は乱暴に頭を掻きむしった。


「よくねぇ知らせみたいだったな」


 手だけ器用に動かしながら、ウェストは俺に話しかけてくる。


「当ててやろうか。……お前さんたちがロスに来た理由に絡んでるんだろう?」

「……ええ、まぁ」


 ロス支部の人からは黙っておけとは言われなかったので、少し話をぼかして話そうとしたが先に向こうが喋り始めた。


「……俺ぁ、市警のSWATにも銃やら弾やら卸したり、銃の整備やカスタムをしてるんだがな。三年前くらいから、あの嬢ちゃんの姿を見なくなってな、気になって隊長さんに聞いたんだよ」


 嬢ちゃんというのは、マリアのことだろう。


「……隊長さんって、レナード警部補ですか?」

「おお、そうだよ。……よく知ってんな」

「……少しありまして」

「そうか。そいでな、聞いたんだよ隊長さんに。そしたらよぉ、警察辞めたって言いやがってな……あん時はビックリしたよ。あの嬢ちゃんが警察辞めたって事によぉ、しかも隊長さんはな『二度とロスには来ない来ないかもしれない』って言いやがったもんで、気になってはいたんだが……ISSにいたとは驚きだ。……まぁ要は、三年も姿見せんかったあの嬢ちゃんがひょっこり現れたってことは、なんかよっぽどの事があったに違ないって思ったのよ」

「ええ」

「それで、今いるのがISS。そんで、今のアンタの電話。女と話す時に、敬語になる奴も鉄砲屋の住所教える奴もおらんがな。仕事の話だろう? そいで、勘が冴えたのさ」

「正解です」


 俺がそう言うと、ウェストは豪快に笑う。


「……そんで、ウチに銃を買う以外に何を頼みたいんだ?」

「……話が早くて助かります。……少しの間、匿ってください」

「これまた物騒だな」

「……とある奴から、追われてまして」

「……そうかい。それで、どれぐらい居座る気だ」

「とりあえずは、また連絡が来るまで」

「分かった。お茶は出さないが、ゆっくりしてけ」

「ありがとうございます」

「……ISSもお得意様だからな」


 ウェストは照れ臭そうに笑い、再び拳銃のメンテナンスに集中した。だが、すぐにまた話し始める。


「あの嬢ちゃん、しばらく見ないうちにいい目をするようになったな」

「……そうなんですか?」

「ん? ああ、お前さんは知らないだろうが、あの嬢ちゃんが警官の頃を知っているからな」

「……いい目ってどんな目ですか?」

「どんなって言われてもなぁ……うまく言えねぇや、俺頭悪ぃから。……それに、俺の勘に近いしな」

「勘、ですか……」

「ああ。もう五十年近くこの商売続けてるが、色んな奴が銃を買いに来たし色んな所に銃を売った。そして、俺が売った銃で人が死ぬこともあった」


 銃社会のアメリカだからこそある話だと思える内容だし、ウェストの重く圧し掛かるような口調がその事実を強化しているようにも思える。


「全身にタトゥー彫ってるような奴が殺す時もあれば、これまで交通違反もしたことない様な真面目そうな奴が、自分の嫁さんを蜂の巣にしたなんてこともあったよ。けれど、俺が四十を過ぎた頃、人を殺しそうな奴が段々と分かってきたんだ」

「……共通点でも見つけたんですか?」

「ああそうだ。……どいつもこいつも、変にニヤついてるんだ。ただニヤついてるだけじゃない……気味悪いニヤケ面を浮かべてやがる」

「………………」

「五十を過ぎた頃には、ほぼ当たる様になったよ。大体、一年以内に人を殺す」

「……止めようとは思わないんですか?」

「……無理だ。俺は精神科医でも警官でもないし、証拠が無いと警察は動いてくれない。……恐ろしい事に、警官がそのニヤケ面浮かべてる時もあるからな」

「……警官?」

「さっき言った、SWATの隊長さんだよ」


 俺は思わず、机を両手で叩いてしまった。


「……その反応。……まさか、ロスに来た理由はあの隊長さん関係かい?」

「……はい」


 俺が答えると、ウェストは渋い顔をして腕組みをする。


「……あの隊長さん、昔はあんな顔じゃなかったんだけどな。……かれこれ、十年前になるか。あの時から、あんな顔になっちまった」

「……虐待していた、母親を撃った時ですか?」

「ああ。その少し後くらいからだな。……そういえば、この前アイツ自分の銃買ってたな」

「……何の銃ですか?」

「S&W M29。.44マグナムってやつだ。……知ってるか? ダーティハリーが使ってるリボルバー拳銃だよ」


 ダーティハリーは聞いたことがある。クリントイーストウッド演じる、サンフランシスコ市警のハリー・キャラハン刑事が自分の.44マグナムを使い、法では裁けぬ悪と対峙する。

 ……みたいな映画だった気がする。

 そんな銃を、あの男が使うなんて皮肉が効きすぎだ。

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