一瞬の決戦
ウェストの店から約二キロの場所にあるボロアパート。ここが、ロス市内に幾つかある倉庫の一つ。
他の倉庫にはロス支部の職員に行ってもらっているが、俺はその人等がケビンと会う事は無いと踏んでいる。
何故なら、ここが一番ウェストの店から近くてそこそこの広さを持つ倉庫だからだ。
倉庫が大きければ、その分仕舞える量は増える。イコール、お目当ての品が手に入る確率が高くなる。
俺はシグのスライドを少し引き、薬室に弾が入っているのを確認し下を向いて息を吐いた。
アパートの階段や廊下に埃が積もっていない。割と頻繁に人の出入りがあるのだろう。それは、俺にとってはある意味好都合だ。
埃が積もっていれば、その上を歩くと嫌でも足跡が付く。先客が居る事が悟られるのは厄介だ。
逆に、俺にも先客の有無が分からないから、一長一短だ。
「先回りならヨシ。先に居られたら、喜べないけどヨシ。もう出ていった後だったら……どうするかな?」
足音を殺しながら、部屋の戸の横に張り付く。ノブに手を掛け、ゆっくり回すが当然、途中で止まる。
ロス支部は昨日の今日の騒ぎに相殺され、倉庫のガサ入れに来れていない。もっとも、誰かいるならば鍵は開いているだろうしISSが来たのならば、ブリーチング(扉をぶち壊して突入する事)で扉自体が吹っ飛んでいるだろう。
寒気も出てこず、扉の向こう側に誰かいる気配も無い。
俺は扉の前に立ち、ノックした。別に誰かいるかの確認をしたい訳じゃない。
鍵の周辺を叩き、硬さを確かめる。木製の扉だが、かなりの強度があり銃でも使わないと鍵を壊せそうにない。
「だったら……」
今度は先程まで背を着けていた壁を叩く。扉を叩いた時より軽い音が返ってきた。
ニヤリと笑って、俺はその壁を渾身の力で蹴る。
壁紙を突き破り、石膏ボードと木で出来た内側を破壊した。スニーカーがめり込み、ふくらはぎのすぐ下まで埋まる。
白い粉が付着した足を壁から出し、腕を穴に突っ込み壁の内側にある鍵の一部を無理矢理もぎ取った。
穴から部品を出すと同時に、音も無く扉が開いた。
「この手に限る」
部品を投げ捨て、部屋に入る。やはりこの部屋も、ウェストの店の作業室みたいな匂いがした。
丁寧に銃器が並べられた部屋なので、作業室ほど濃くは無いがほんのり香っている。
俺は道中買ったペンで真ん中に置かれた机に書置きを残した。
『あの兄弟の仇を討ちたくば、海岸まで来い。その時は俺は、逃げも隠れもしない 赤沼浩史』
……自分で考えておいてあれだが、なんと罠の臭いがプンプンする文章だろうか。
冷静に考えれば、こんな見え見えの罠に誰がかかるのか疑問に思う。
それでも、奴は来るはずだと俺は考えた。
奴の得意分野は狙撃だ。なので、俺の認識範囲外から得意技で撃てばいいし、奴にはそれが出来るだけの力量がある。
それにだだっ広い海岸ならば、何処からでも狙い放題だし周辺に罠を仕掛けている可能性も下がるので、単純な射撃勝負なら奴の方が圧倒的に有利だ。
……それに自分なりに“愛していた”子供達の仇が討て、今後の活動に目障りな男を殺せる。
俺にも他人の気持ちは分からないから、アイツが乗ってくるか分からない。でも、やるだけの価値はある。
ペンを置く。ついでに、これからここに来る奴に戦う意思を示すため、九ミリ弾の紙箱と壁に立てかけてあったXM177E2アサルトライフルとその弾倉に5.56ミリNATO弾をくすねてこの場を去ろうと思ったが。
開かれた戸から、近づいてくる足音が聞こえてきた。
「ヤバいな」
俺は窓を開け、ポケットに弾や弾倉を詰め、負い紐でXM177を背負い、窓から外に出た。
窓枠に掴まり、懸垂するみたいにぶら下がる。そして、壁を蹴り地面に着地した。
低層階だったので、足に大したダメージも無い。
走って路地を曲がり、チラリとアパートの方を見た。
寒気。
俺がさっきまでいた部屋から、俺を見る人影。
――ケビンは間違いなく、海岸に来る。
俺はそう確信した。
昼間と言えど、冬の海岸というのは寂しいものだ。夏は海水浴客でごった返すここも、今はただ吹き付ける風を砂浜で受け止めるだけ。
俺はレジャーシートも敷かず、砂浜にどっかりと胡坐をかいた。
少し離れた所には、警察が張った規制テープが四角く展開されている。
昨夜、あの兄弟が死んだ場所に俺は戻って来たのだ。
規制線の周辺には人はおらず、人気と言えば精々、遠くに犬の散歩をしているおっさんが見えるだけ。
そんな中俺は、アサルトライフルを抱え、海を眺めながら来る時を待っていた。
海で戦う相手を待つ。連想したのは、巌流島での決闘。
宮本武蔵と佐々木小次郎が行ったと言われているアレだ。
高校の日本史でほんの少し触れた。……確か、どちらかが遅れてやって来たはず。
それが宮本か佐々木か。……もう十年以上前の事だ、忘れてしまった。
だが、一つ覚えている事がある。
実は決闘は一対一の正々堂々としたのではなく、宮本武蔵はコッソリ自分の弟子と巌流島に行って、決闘の際に多勢に無勢で佐々木小次郎を倒したとか言う逸話だ。
……だとしたら、俺は宮本武蔵だろう。
本来、正々堂々と行わなければならない決闘。それでも、勝ちたいと思ったから手段を選ばず卑怯な手を使った。
俺の声をした誰かが、問いかけてくる。
……これは、本当に正しいのか?
でも、それは綺麗事だろう? 死にたくないだろう?
――そんなつまらない事を考えていると、血の気が一気に引いた。
鳥肌が立ち、寒気が襲ってくる。
風が一瞬だけ途切れた。
乾いた銃声が、弾より遅れて聞こえてきた。
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