決戦間近

 ロスの街を走り抜ける。私は人目を気にして、顔を布に包んだライフルで隠しながらファストフード店に入った。

 足早に女子トイレに行き、大きく息を吐く。

 そして、布を解きライフルを出す。逃げ出す時に持って来た、7.62ミリ弾が五十発入った紙箱を開け、弾薬を一つ摘み弾倉に押し込む。

 それを弾倉いっぱいの二十発分行い、銃に挿す。槓桿を引き、薬室に弾薬を装填する。

 安全装置はセーフティのまま、動かさない。

 トイレのタンクに身を預け、目を瞑った。この感覚を味わうのは久しぶりだ。

 深呼吸をして、トイレから出る。注文もせず、デカく長い荷物を抱え、無言で立ち去る私を店員や客が奇怪な目で見てきたが、気にしない。

 店を出る時、周囲を見渡しケビンらしき人間は見えないのを確認して路上に立つ。

 だが、安心しきって大手を振っては歩かない。

 なるべく隅の方を人の陰に隠れて歩く。

 そして、考える。

 ケビン・レナードはどう攻めてくるのかと。

 アイツの目的が私の身柄確保だと仮定すると、まず行うのは武装の無力化だろう。

 ライフルを持っている事はバレている。だから、まず最初に抱いているSR-25を狙ってくるはずだ。

 拳銃を抜こうとしても、先に撃たれたり、跳びかかられてしまえばこっちの負けだ。

 白兵戦では私に勝ち目は無い。

 なので、接近される前に私が迎撃態勢を整えておかないと負ける。

 姿が見えなくとも、どこまで向こうが近づいてきているか分からない中、建物に昇り狙撃しようなんて狂気の沙汰だ。

 そもそも、何処にいるのか分からないのに狙撃するなんて不可能だし、向こうが器用に隠れているのならば建物内に入った瞬間に襲われかねない。

 ……不安が不安を呼び、考えが堂々巡りになってしまう。

 足取りがおぼつかなくなり、歩く速度が遅くなる。そんな時だった。


「アストールさん!」


 横付けされた車から名前を呼ばれる。一瞬身構えたが、声の主はケビンではなかった。

 ロス支部の巨体の調査係だった。


「乗ってください」

「え?」

「いいから!」


 鬼気迫る表情に押され、私は車に乗り込んだ。後部座席には昨夜の若衆の片割れが乗っている。


「相棒が撃たれました」


 巨体が切り出した話は、私を驚愕させるには十分すぎた。


「……無事なんですか?」

「右腕を撃たれ、病院に担ぎ込まれたそうです。死ぬほどではないそうですが、しばらくは銃を握れそうにないみたいで……」

「……すいません」

「アストールさんが謝る必要はありません。……そうだ、赤沼さんから伝言です」

「え?」

「撃たれたことを伝えてくれたのが、赤沼さんなんです。……言いますよ。『お前が捕まる訳にはいかない。しばらく隠れていろ。舞台は俺が整えてやる。』と」


 それは頼もしくもあり、どこか怖く感じる伝言。私は、今の今まで握り締めていたライフルを、床に置いた。


「浩史は……私の相棒は、何をする気なんですか?」

「……分かりません。ですが、彼はそう簡単に死ぬような人間ではないと思いますよ」


 巨体の言葉には同意する。浩史は、そう簡単に死なないだろう。

 その時、ある光景を思い出した。

 つい先日の、フランク博士の護衛任務の時だ。彼は、狙撃をギリギリで躱したことを。

 それだけじゃない。

 彼がISSに来た日、麻薬工場で散弾から私を守った事も。

 何度も、似たような状況で彼は助かって来た事も。

 ……それでも。


「『死なないでよ』って覚えてるの?」


 姿勢を低くして、私はまだ馴染んでいない彼の腕時計を撫でた。




 巨体の方に状況報告をし、伝言も頼み終えると今度はロス支部の方に電話を掛ける。


『ISSロス支部です』

「もしもし。本部の赤沼です。調査係の主任さんをお願いします」

『……かしこまりました』


 保留音のエリーゼのためにが流れてから八秒。通話が繋がる音がした。


『赤沼さんですか? 調査係です。……今、どこですか? 空港じゃないですよね?』

「いや、少し寄り道してまして……ちょっと大事になってます」

『……そうですね』

「すいません。俺達の我がままのせいで大事な部下の方に、大怪我させてしまって……」

『いや、こちらも……。……それで、何の用です?』

「……昨日の取り調べで分かった範囲でいいんで、ケビンが銃を隠していた場所か繋がっている裏武器屋を教えてください」


 ケビンは自分のM29を改造する為に、ウェストの店に来たのだろう。スコープを探していたのがいい証拠だ。

 だが、俺達と鉢合わせた事で歯車が狂ったはず。

 本来の目的である改造を果たせぬまま、ロスの街を走ることになったのだから。

 勿論、そのまま狙うことは出来る。だが、遠くを覗けないのは致命的だろう。アイツは拳銃の有効射程と言われる五十メートルより、もっと遠くから狙いたいはずだ。

 だったら、何処にいるか分からない俺やマリアを追うより、銃の改造を先に行いたいはず。

 ウェストの店が駄目なら、他の店に行くかもしれないが真っ当な店はISSやマトモな警察が見張っていてもおかしくない。

 なら、行くべきはだ。

 奴は裏で流れる武器の大元の一つ、要は武器の問屋。

 そして、銃を売るならアタッチメントも売るはず。ウェストが俺のシグにフラッシュライトを着けてくれたように、裏の武器を買う連中にもタクティカルな物を求める連中もいる。

 ……俺達が戦った、秘密戦闘部隊みたいな。

 顧客のニーズに答えるのは、商売の基本だ。アイツの武器庫には、絶対にアタッチメントがある。

 拳銃用のスコープがあるかどうかは知らないが探す価値はあるし、何より無策に街を走り回るよりこっちの方が効率的だ。

 そこを、俺が突く。

 ――調査係の主任は、淡々と住所を読み上げている。

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