イカれた男

 裏路地に飛び出す。

 ウェストの店に背を向け、百メートル程走ったところで俺は強烈な寒気に襲われた。

 握ったままのシグを後ろに向けて、がむしゃらに撃ちまくる。

 鉄製の大きな箱みたいなゴミ箱の陰に入り、銃口をケビンがいるであろう方向に銃口を向けた。


「ケビン・レナード!」


 俺は叫ぶ。ケビンは幽鬼の如く、銃砲店のドアからふらりと出て来た。手にはやはり、M29がある。


「マリア、お前は逃げろ。……そのライフルを無駄にするな」

「分かった。……死なないでよ」


 それだけ言って、彼女はゴミ箱の陰から出て表通りの方に走った。


「マリ――」


 ケビンの顔が歓喜に満ちたが。


「テメェの相手は、この俺だ!」


 シグを撃つ。弾が側頭部を掠め、ケビンの顔が不快感に歪む。


「……死んでなかったのか。……そういえば、お前の名前を知らないな」


 呪詛を唱える化け物みたいな声。だが、言っている事はもっともだ。


「赤沼浩史」


 ゴミ箱の陰から出て、ケビンを睨みつける。


「……あの子達は? 殺したのか?」


 声に覇気が無い。穴が空いたバケツから水が漏れるみたいに、ただ出されるがまま声を出しているように思える。


「痩せた兄弟はな。他の二人は生きているよ……もう銃や刃物を握れないよう、指やら手を潰してしまったがね」


 わざと挑発的な口調でケビンに向かう。アイツにとって、地獄から救い上げたあの子達は自分の正義の象徴みたいなものだ。

 俺の発言をどう受け取るかは分からないが、危害を加えた事はくみ取れる。

 それに対して、どう出るか。


「……なにも、殺す事はないだろう? あの子達は、何も悪い事はしてないんだから」


 変にうわずった声でケビンは言った。その言葉に俺は皮肉げな笑みで答える。


「なめてんのか? テメェが人を殺せと命令しておいて、なにが『殺す事はないだろう』だ」

「……あの子達は、正しい事をしようとしたんだ。それを……お前は……」

「へっ。よく言うぜ、じゃあテメェだって外道の一人さ」

「え?」

「何の罪の無い子に罪を背負わせたんだからな」

「……罪? それは、私に向かって話しているのか?」


 ケビンは俺が言っている事がまるで理解できてない。俺が言っている事がおかしいのか? アイツの見えている世界と俺が見ている世界の常識に違いは無いはずだ。

 ……いや、アイツの中の“何か”と俺の中の“正義”が決定的に違っているだけだ。


「……親を撃たせただろう」

「あれは、あの子達が持つ正当な権利さ。復讐という名の、権利さ」

「その権利のせいで、あの子等は自分の寿命を縮めちまったんだよ」

「なんで?」


 子供じみた問答に、段々腹が立ってくる。果たして、俺の目の前に居るのは本当に成人した人間なのだろうか。

 本筋に反して、そんな感情が湧いて来た。


「……あの子達は、銃で人を殺した。初めて撃ったのは、いままで自分の子供に撃たれるなんて考えもしなかったクソ共さ。だから、ロクに抵抗もしないまま死んだ。今回も同じだと思ったんだろうな……相手に殺されるなんて、考えもしなかっただろうさ」

「……………………」

「相手したのが、たまたま俺だっただけで、俺以外の奴だったらどんな目に遭っていただろうな」

「………………」

「お前が、あの子達の運命を壊したんだ。……俺が言えた事じゃないがな」

「……そうかなぁ?」


 ケビンはM29の撃鉄を下ろした。俺はそっと、シグを握る右手に左手を添え軽く上げる。


「……あの時、助けなければ、あの子達の運命はそこで途絶えてたに違いない。……だから、運命を開いたんだよ。私は」

「………………」


 絶句。

 実際問題、コイツ自身が直接手を下した訳じゃない。それでも、大多数の人間がその中に持っている精神ならばこんな事は言わないだろう。


「罪の意識はあるのか?」


 ケビンは答えなかった。ただ、ゆっくりと横に動き始めたので、俺も出来るだけ対角線上にいる様に横に動く。

 丁度、俺とケビンの位置が入れ替わった頃。向こうが口を開いた。


「……終わりにしよう」

「……上等だ」


 互いに持つ拳銃の銃口を向け合った瞬間、けたたましいスキール音が表通りの方から聞こえてきた。

 ケビンが振り向き、M29を撃つ。その速度は俺の上を行っており、止まった車から雄叫びがした。


「この野郎!」


 銃を撃とうとしたが、寒気がしたので俺は銃砲店の戸の陰に飛び込んだ。銃声と共に、戸に弾が当たる音がし衝撃が触れている腕に伝わってくる。

 迂闊に顔を出せず、散発的に鳴り遠ざかっていく銃声をただ聞くしかなかった。

 辺りが静まり、俺はゆっくり顔を戸から覗かせる。路地には誰もいない。

 俺は路地を走り、乱暴に止まった車に寄る。アスファルトにはグロック19が転がっており、シートには血が飛び散っている。

 ロス支部の若い衆が手当てしているのは、オールバックの調査係だった。


「……赤沼さん」


 オールバックは右腕を押さえ、痛みで顔をしかめている。


「大丈夫か?」

「……なんとか。死ぬほど痛いですが」

「弾は抜けてます。血は止めますが、病院行かないと……」

「……携帯鳴らしたんですが……出なかったもので」

「アンタか、鳴らしたのは」

「ケビンが自宅から拳銃を持ち出しましてね、放置されてたケースに、向こうにある銃砲店の住所が書かれてまして……支部に確認したら、赤沼さん達がいるって聞いたので……急いで来てみれば、向こうからアストールさんが走ってきて……声を掛ける余裕も無くて……」


 若衆は俺に詫びた。だが、俺にも非はある。


「……俺はケビンを追う。銃砲店の店主も襲われてたから、救急車呼ぶんだ」

「赤沼さん……」

「なんです?」


 オールバックが俺を引き止めた。


「奴は、振り向いた瞬間に狙いを定めてぶっ放しましたよ。……アイツはヤバいです」

「……ご忠告どうも」


 俺はロスの町を走り出した。

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