決戦に備えよ

 マリアはゴーグルも外し、ウェストに注文する。


「チークパッド(銃床に着けるクッション)ある?」

「あるぜ。……ちぃと待ってろ、持ってくるから。それと、お前さんのグロックのメンテナンスは終わったぜ。……兄ちゃんのはもうちょいで終わるから待ってろよ」

「分かりました」


 ウェストは「アレはどこだったかな……」と呟きながら、店舗の方へ歩いて行く。俺とマリアだけが、作業室に取り残される。

 マリアはピカピカになった自分のグロックを手に取り、満足げに頷くと腰のホルスターに仕舞う。

 俺がなんて声を掛けていいか迷っていたら、マリアが俺の隣に来た。


「……銃はどうだった?」


 視線を彷徨わせていたら、丁度SR-25が目についたのでなんとなく聞いてみることにする。


「すごくいい。……よく、ボルトアクションのライフルに比べてセミオートマチックのライフルは機構の違いで命中精度に劣るなんて言われてるけど、最終的にモノを言うのは射手の腕よ」

「……確かに、そうかもな」


 射撃訓練でも、同じ銃を使っていても多少の誤差はあるにしろ、よく当たる奴と下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるを体現している奴もいた。

 俺は前者だったが、外れる奴は何持たせても外すのを同期にしろ部下にしろ沢山見てきたから言える事だ。

 俺が一人で納得していると、彼女は壁に背中を擦りつける様に下がっていき、膝を抱えて小さくなってしまった。


「どうした?」


 俺が声を掛けると、マリアは自嘲気味な笑みを浮かべ口を開く。


「……あの男の事を忘れたいが為に、狙撃から離れたのに結局、戻ってくるなんてね」

「……意固地になって、自分の長所を潰して戦おうなんてアホのする事だ。判断は正しかったと思うぞ」


 彼女の顔に浮かぶのが自虐的な笑みから、薄い微笑みに近い笑いになる。


「……髪を切って、煙草を吸い始めたのも、全部忘れる為。ロス市警

SWATのアストール巡査じゃなくて、ISS本部強襲係のマリア・アストールになろうとした。……でも、自分は自分だった。それが、よく分かった」

「……………………」

「もう忘れない。私は前を向く。色んなモノを背負っていく」


 結局、人間は別者にはなれないのだ。所属を変え、髪を切り、煙草を吸い始めても、人間は変わることが無い。

 だが、この数日で俺に自分の過去を打ち明け、因縁の相手との再会、罪の源流となっていた少女との決着を通して彼女は成長したのだろう。

 彼女はポケットから煙草のパッケージを出し、隅にあったごみ箱に捨てた。

 ウェストがチークパッドを持って戻って来たので、マリアは銃の調整に取りかかり俺は新品同様にまでピカピカになったシグを受けとる。

 しかも、銃身の下にあるアンダーレールにフラッシュライトが取り付けられている。


「おまけだ。ISSにはお世話になってるからな」

「ありがとうございます。でも、ホルスターに入らないんで大事に取っておきますよ」

「道具は使わなきゃ意味ねぇからな。……でも、使い時も見なきゃいけぇ。そこは覚えとけ」

「……はい」


 俺は上着のポケットにライトを仕舞い、シグをホルスターに収めた。それと同時に、店舗の方に客が来た。


「ちょっくら行って来るわ。待ってろよ」


 そう言い残し、ウェストは店舗の方に言ったが。


「お、お前!」


 そんな叫び声が聞こえたと思ったら、鈍い音が店舗の方からした。硬い物同士をぶつけ合うような、そんな音だ。

 反射的に俺達は拳銃をホルスターから出し、スライドを引く。

 強盗にしては、ウェストの反応はおかしい。今入って来たのは、相手が誰かを認識できるような間柄なんだろう。


「逃げる準備しとけ」


 マリアは無言で頷き、SR-25を近くにあった大きい布を引っ張り出した。それでライフルを包む気なのだろう。

 俺は片手でしっかりと拳銃を握り、ゆっくりと少しだけ店舗へ続く扉を開けた。

 カーテンが閉められたようで、薄暗い店内を覗く。

 まず見えたのは、銃が並べられたガラスカウンターにつっぷすウェスト。腕はだらんとしているが、生きているか死んでいるかは判断できない。

 次に目に映ったのは、今一番会いたくなかった人間だった。

 カウンターにM29を置き、銃器のアクセサリーが詰まった箱を漁っている。

 ケビン・レナードはニヤついた顔で、目的の物らしいスコープを手に取った。

 拳銃にスコープでも着けるのか?

 そう思いながら、俺は僅かに空いた隙間からシグの銃口を出した。片目を瞑り、よく狙う。

 気づかれないように呼吸を小さくして、ケビンの頭に狙いを定める。銃のフレームに合わせて沿わせた右手の人差し指を、引き金に掛けた。

 ゆっくりと絞る。

 緊張が汗となって、頬を伝う。

 あと少しで、引き金が落ちるところまで行った瞬間。

 荒々しいメロディーが俺のポケットから鳴った。

 ケビンが驚き、作業室へのドアを見る。そこから覗く双眸を、自分の敵だと認識したか俺には分からないが、奴はM29を手に取った。

 咄嗟にドアを閉め、鍵を掛ける。


「逃げろ!」


 俺の叫び声でマリアは、布に包まれたSR-25を抱え勝手口の方に走った。

 俺も後を追うように走る。更にその後を、.44マグナムの重たい銃声が響く。

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