真実を知る物

 階段を上り、男が飛び降りたと思われる部屋に入る。

 だが、そこは部屋と呼称するには一瞬ためらうほどに荒れていた。

 壁には殴ったか蹴ったかして出来た穴が空き、床にはゴミやガラスの破片が散らばっている。

 この場所が元はシンプルな部屋だったと想像できるが、部屋に機能性を与えていた家具はことごとく破壊され、粗大ごみと化している。

 テレビは真ん中にひびが入り、本棚は薪になるしかなく、その中に納まっていただろう本はビリビリに引き裂かれもう人々に関心を与える事は無いだろう。

 机は真っ二つ。椅子は四つ足が折られ、ベランダに繋がる窓に突っ込まれていた。


「爆撃にでもあったのか?」


 俺はキッチンのマットの上に転がっていた、ケチャップの容器を蹴飛ばす。


「……取っ組み合いになった末に、ベランダから突き落とされたとかじゃないの?」


 元警官らしい視点でマリアが部屋を見るが。


「自殺よ」


 ピンセットを使い、捜査しているシルヴィアにあっさりと否定された。

 車に落ちてきた死体の調査は警察に任せ、事情聴取を早々に終えた俺達ISSは早速事件捜査に首を突っ込んだ。

 今は、ISS本部調査係と警官が入り乱れる部屋に立っている。


「自殺ねぇ……」


 俺は肩をすくめ、ゴミを踏まないようにベランダに出た。あの彼は、一メートル三十センチ程の高さがある壁を乗り越え、俺が乗ってた車に振ってきたのだ。

 何を思って、ここから飛び降りたのか。

 遺書も丁寧に揃えられた靴も無い。そんな自殺があるものか。

 でも、俺が持つ知識なんて刑事ドラマやミステリー小説で培ったものだ。そんな生半可な知識だけで判断した俺と、元FBIのシルヴィア含む調査係のプロ達では、捜査に関するものには雲泥の差がある。


「……なんで自殺だと思う?」


 俺はシルヴィアに聞いた。俺の質問に彼女は少し考え、答え始める。


「色んな状況から判断した事だけど、私がピンと来たのは遺体の状況ね」

「遺体の状況?」

「そう」


 シルヴィアは俺に『来い』と手招きした。


「……もし、赤沼が私と殴り合う事になったら、アンタはどうする?」

「どうするって……そりゃ、殴るな」

「でしょ。……何処を殴る?」

「顔、特に鼻の辺りや顎。腹だったら、鳩尾を狙う」

「人の急所を狙うわけだ。……殴るとどうなる?」

「鼻血出すなり、気絶するなりするなり……」

「要は、何ならかの怪我をする訳だ」

「ああ」

「じゃあ、質問。アンタが見た遺体の状況は?」


 あまり思い出したくないが、目を瞑ればまぶたの裏に映し出される。


「手足が折れてた。特に足が酷かったな。……あと、衝撃で内臓でも逝ったのか、口から血が垂れてた」

「……誰かと取っ組み合ったみたいな傷は?」

「……無かったな」

「こんなにも部屋が荒れるほど取っ組み合ってたのに、痣の一つもないなんて、不自然だと思わない?」

「確かにな」


 もう一度部屋を見渡す。核戦争後みたいな有様の部屋で、何があったのか。

 一人なら尚更、何をしていたのか気になる。

 だが、それを知るすべを俺は持っていない。

 俺は溜息をつき、床に落ちていた比較的マシな状態の本を拾おうとして、あることに気が付いた。

 フローリングの隙間が一部だけ大きい事に。

 試しにその隙間に指をひっかけ、上げてみた。床板の一部が、何のためらいもなく外れる。

 床の下には、強化樹脂製のケースが仕舞われていた。


「……シルヴィア」

「何?」

「なんか見つけた」


 シルヴィアが床に空いた穴を覗き込み、ケースを引き上げる。


「……本で隠れてたのね」


 同じ様にケースを眺めるマリアが呟いた。


「開けるわよ」


 他の調査係に声を掛け、了承を取る。

 そして彼女は金具のロックを外し、慎重に開けていく。幸いにも罠は仕掛けられておらず、中身を晒した。


「……こいつは」


 イングラム MAC10短機関銃。9ミリパラベラム弾仕様。この銃は、三十二発入る弾倉が二秒で空に出来るほど発射速度が速い。

 ご丁寧にサプレッサーも仕舞われている。この銃の銃口にはサプレッサー用にネジ切ってあるのだ。


「堅気の線は消えたな」


 警官の一人が呟き、シルヴィアの携帯が鳴った。


「失礼。……もしもし?」


 シルヴィアが電話応対を始め、俺はMAC10を握る。空の弾倉を挿し込み、後部の折り畳みストックを展開した。


「随分と使い込まれてるな」


 所々に付いた傷を眺める。


「……きな臭くなって来たわね」

「あの仏さんは、何をしてたんだ?」


 ケースに銃を改めて仕舞い、そばにいた調査係に渡す。電話応対から帰ってきたシルヴィアは、ケースのMAC10を見て溜息を一つ。


「……遺体から薬物反応が出たそうよ。しかも、ヘブンズフラワーの反応がね」


 その言葉に俺は耳を疑った。


「“ヘブンズフラワー”だと?」

「そう」


 『天国に咲く花』と書くその薬は、ステロイド系薬品の分子構造を組み換えたものであり、体液と反応し、花みたいな匂いを発する事からその名前が付いた。錠剤での摂取が一般的な使用例だ。

 効果は高揚感に幸福感、一時的な身体能力向上。

 副作用としては、強い依存性と錯乱作用がある。

 体液と反応し、花みたいな匂いを発する事からその名前が付いた。

 ……一か月以上前、それの乱用者だったコックと俺は戦い最終的には勝利した。

 それでも、薬物で人間の限界を吹き飛ばした彼には苦戦しギリギリで勝てたというのが正しい。

 頭では記憶の断片が突然現れては消えていき、罪悪感の様なものが苦い粉薬を飲んだ後みたいに、喉に貼りついている。

 視線をケースに入った銃に移す。

 人を傷つけることしか出来ぬ黒光りした物体だけが、落ちてきた彼を知っている。

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