狂気の真意

 立川前は自衛隊のトラックと、パトカーで渋滞していた。

 お互いに公的機関だから、目立った混乱は無いがその様子は遅効性の毒が回ってきた体内を想像させる。

 適当にパトカーを探していると、公安四課の草薙と山寺がマークXに乗ってやって来た。


「草薙さん、それって覆面パトカー?」

「え? ……そうですけど」

「丁度いい、借ります」


 困り顔の二人を押しのけ、俺は運転席に乗り込んだ。

 スピードメーターの上にあった赤色灯を屋根の上に置き、光らせる。

 更に弄ると、今度はサイレンが鳴った。


「ガソリンは満タンにして返しますんで!」


 草薙達の返事を聞かず、俺は中央道に向かう。

 サイレンのお陰で、渋滞だらけの道もスムーズに進める。流石、日本と言うべきか。緊急車両用のスペースは確保してあった。


「弓立は群馬にいると思う?」


 マリアが俺に聞く。


「九割くらいでな。……あの馬鹿が化け物級に強くても、一人で出来る事は限られる。兵隊は欲しいはずだ。……目的達成の為にも」

「それと、武器も欲しがると思うの」

「……ほう」

「あの倉庫の地下から逃げた時、私見たの。……大量の武器を」


 警察官でも堅気の人間でもない化け物が潜んでいた部屋には、驚くほどの武器弾薬があったらしい。


「……生活感があって、まるでそこに住んでるみたいだった」

「なるほど……。だから、自宅が殺風景だったのか」


 いくら化け物でも、独房と瓜二つの部屋で暮らすのは無理があったのだ。

 それに、闇の稼業をするなら知られている家より知られてない隠れ家にを置いておくのが普通だろう。

 しかし、あの倉庫自体に捜査の手が入り武器弾薬の類は全て押収された。

 勿論拳銃の一丁や二丁は持っているだろうが、たかが知れてる。

 祖国の盾はアメリカから買った軍用の銃器をたんまり持っているから、それを欲しがっても不思議ではない。

 ……あれほどの武器が使われるとすれば、東京は間違いなく戦場と化す。

 自衛隊にISSに警察を巻き込んだ戦火は飛び火する。

 日本国内だけで済めばいいが、周辺諸国――例えば、中国なんかが尖閣あたりを奪いにかかるかもしれない。

 国際的にも大問題を引き起こす。

 海保、海自に攻撃すればそれは事実上の第二次日中戦争になる。

 アメリカあたりが介入すれば、事態はされに悪化するだろう。

 末恐ろしい奴だ

 アイツがどこまで想定しているか分からないが、少なくとも俺に発した『滅茶苦茶』はほぼ達成されている。

 どうしてそこまで悪知恵が働くのか。

 知りたいような……知りたくないような。


「浩史……」

「どうした?」

「……今、凄く怖い顔してたから」

「……そうか。悪いな。……ありがとう」


 狂気に近づくと、狂気に取り込まれる。

 かの哲学者ニーチェも。


 『怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』

 

 と記している。

 その事を肝に銘じておかなければ、俺は人として大切な物を失うだろう。



 群馬県。関越自動車道。前橋インターチェンジ付近。

 結局、頭がすげ替わっただけで構成員達の動きに大して変わりない。

 強いて言えば、今度の頭は斎藤とは比べ物にならないほどイカレていた。


「最高!」


 装備を確認し、弓立は満面の笑顔だ。

 彼女はモスバーグM590を手に取り、嬉々として散弾を込める。そんな彼女を構成員達は、何とも言えない表情で見ていた。

 露骨に気味悪がれるほど、彼等の心臓は鍛えられていない。対人関係において文句を言われる事が多い曖昧な態度が、逆に功を奏した。

 弓立は散弾銃のポンプを前後させ、大仰な音を立てる。

 それは狭いトラックの荷台の中ではよく響く。

 そして、隣に置いたM72対戦車ロケット弾を愛おしそうに撫でた後、無線を手に取った。


「こちら第四小隊。第五小隊、聞こえます?」

『聞こえてます』

「いいわ。じゃあ、今から東京に行ってからの行動を説明します」


 彼女の作戦はこうだった。

 第四小隊は立川にある日本ISS本部を強襲。

 第五小隊は千代田区にある警察庁庁舎に向かう。その際、防衛省や国会議事堂、警視庁にカールグスタフを撃ち込む。

 そうすれば、ISSと警察の指揮系統は崩壊するし自衛隊はその始末に奔走する羽目になるだろう。

 そうすれば、あとは気の向くまま暴れればいい。

 全てが終わる頃には、日本という枠組みが崩れる寸前。後は、周辺諸国が仕上げてくれる。

 それを話し終わった後、弓立は込み上げてくる笑いを耐えながら構成員達の質問に答えていった。

 すると、こんな質問をするものが出てきた。


「……何故、弓立さんはISS強襲組に? 公安にいたのなら、千代田区襲撃組にいた方が土地勘もあって便利なのでは」


 ノータリンの一員にしては、そこそこ鋭い質問だと弓立は思った。


「元警官だから行かないの。……顔見知りが多いから、全ての責任を斎藤一佐に押しつける時に都合が悪くなる。あくまで、一連の事件は斎藤一佐が計画し実行したテロ事件……って事にした方が、私達に都合がよくない?」


 質問をしてきた構成員は納得したように、首を縦に振る。

 そんな姿を見て、滑稽だと弓立は心の中で嘲笑う。

 言われた事を額縁通り受け取るなんて、本当に成人した男? そう煽りたかったが、これも彼女は堪える。

 確かに、言った通りの意味も含んでいるが真意は違う。

 もっと単純な理由だ。

 ――赤沼浩史と決着を着ける為。

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