ぼんやりとした不安
三機のUH-1Jが編成を組み、杉並区の上空を飛んでいた。
このヘリには、M2重機関銃がドアガンとして付けられている。
暴徒に対して過剰攻撃となる、攻撃ヘリを出せない事による苦肉の策だった。
『――大型トラックは、高井戸ICの検問を突破! 一路、新宿方面に向けて暴走中! どうぞ!』
『警視庁了解。続けて110番入電』
陸自の無線に混じり、聞こえてくる警察無線は混沌を極めている。
無理もない。
治安出動した陸自の部隊は、首都高中央環状線より内側……つまり、新宿区や千代田区など首都機能が集中している場所を守る為に配置されている。
それ以外は警察……機動隊や各警察署に配置されている警備課が配置されているのだ。
しかし、今回はそれが裏目に出た。
祖国の盾の装備は軍隊顔負けであり、とてもじゃないが銃器対策部隊のMP5で相手できるとは思えない。
それ以前に、発砲できるかすら怪しい。
『赤沼さん。都庁で降ろせばいいんだな?』
「ああ。頼む」
ヘリパイロットが俺の返答に頷き、編隊から離れる事を無線連絡した。
陸自は暴走した大型トラックをテロリストと認定し、警察部隊への発砲を鑑みて攻撃を仕掛ける事を決定。
このヘリはその際の支援にあたる為に飛ぶことになったのだ。
それに運良く乗せてもらい、俺は新宿まで運んでもらう事になった。
五分後、ヘリは都庁のヘリポートに着陸し俺を降ろすとまた飛んで行った。
出迎えの自衛隊員が駆け寄ってくる。
「ISS強襲係の赤沼さんですか?」
上空は陸自のヘリ以外にも、警察やマスコミのヘリが飛んでいて騒がしい。
その音に負けないように、声を張り上げる。
「ああ!」
「国道20号線上に、防衛線を敷きました。そこでトラックを止め、テロリストを排除します。……それと」
「あん?」
「トラック一台が八王子ICで下りて、立川のISSに向かったそうです。こっちに来てるのは、もう一台の方です」
ショックで血の気が引いていく。
「……トラックが下りたのは、何分前だ?」
自衛隊員が口にした時間は、俺が立川を去ったのとコンマの差だった。
完全に俺の行動が裏目に出た。
マリアの顔が脳裏に浮かぶ。しかし、悔やんでいる暇は無い。
「……死ぬんじゃねぇぞ」
風に乗り、どこからか悪い臭いが流れてきた。
きな臭い。
大型トラックは都道153号線を塞ぐようにして停車する。
その助手席から降りた弓立は、立川駐屯地の方を向いた。
普段立っている警備の自衛官は詰め所におらず、門も閉まっている。門の内側には軽装甲機動車や土嚢が盾として置かれ、僅かに人の気配がした。
「駐屯地側にM240を一つ設置。連中をISS側の援護に回らせちゃ駄目よ」
M240Bを担いだ構成員が頷き、弾薬や手榴弾が入っていた空の木箱を台座にする。
M72ロケットランチャーを抱えた構成員が本部に向かって走り出す。
本部のシャッターは閉まっており、中に入るにはそれを排除しなければいけないからだ。
「よ~く狙いなさい」
「はい」
M72を構える構成員の目は据わっている。彼は、ゆっくりトリガーに手を掛けた。
そして。
銃声がして、彼は倒れた。頭には7.62ミリ弾を喰らって。
「狙撃!」
死体を弾避けに使いつつ、弓立は叫んだ。
金色の薬莢がコンクリートの上に転がる。
「ヘッドショット。……いい腕ですね」
「……次のターゲットは?」
私は愛用のSR-25のスコープを覗いていた。ヤガミに観測手としてあてがわれた元SATの狙撃手が、次の指示を出す。
「駐屯地側にいる機関銃手。距離、約三百。西寄りの微風――」
国は違えど、狙撃の概念は一緒。言われた通りの条件で、私は狙いを定める。
「撃て」
短い号令。僅かに指を動かす。
スコープ越しに見えていた機関銃手の胸に命中する。
何人かが飛び出し、機関銃手と機関銃を物陰に持って行こうとしたが、それを更に狙った。
一人の足首を撃ち抜くと、そいつはトラックから三歩ほど離れた位置に倒れ込んだ。
口を大きく開け、悲鳴を挙げているのが分かる。その声も微かに聞こえる。
仲間が身を乗り出し、手を伸ばしたが無慈悲に頭を撃つ。
図らずとも、狙撃の戦術の一つとなった。
ベトナム戦争では、ゲリラ戦に長けていたベトコンは米兵の急所をワザと外して狙撃し、衛生兵や声に釣られた仲間の兵士を撃ち殺すという戦術をとった。
……実際にやると、酷く心が痛む。
「これを平気でやっていたのか」
そう問いただしたくなる程に。
祖国の盾はその戦術を察したのか、一人の犠牲を出して以来誰もトラックの陰から出していない。
「……頭がいいのね」
足を撃った構成員は弱っており、今にも死にそうだ。でも、助けには行かない。
人間としては最低だが、この場合の最適解を取っている。
「そろそろ下がろう。しばらくは大人しくしているはずだ」
「……ええ」
ライフルの二脚を畳み、強襲係のオフィスに戻る。
自分がソファーに腰掛けると、公安警察のクサナギがミネラルウォーターのボトルをくれた。
「飲みな」
「……ありがとう」
どうやらクサナギは、この男所帯で数少ないうえ年が比較的近い私に親近感を抱いてるようだ。
向けられたモノが、銃や悪意じゃなければ素直に受け取るのが自分のポリシーだ。
自分もクサナギには良い印象を抱いている。
そんな彼女は、首からH&K社製のPDW――MP7を提げていた。
このオフィスいや、この本部内にいる全員が今は銃を携行している。
その異様な雰囲気と、ぼんやりとした不安の様なモノが胸に広がり、傷を刺激した。
「怖い」
そう口にすることが憚られるほど、空気は重い。
万が一口にすれば「俺もだよ!」と帰ってきそうだ。
私は、喉まで出かかった禁句を水で胃まで押し込んだ。
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