混沌の中へ

 中央自動車道。八王子IC。

 料金所付近では、警察が検問を布き都内に侵入しようとする不審者を警戒していた。

 自動車が列をなし、本線ギリギリまで渋滞している。


「免許証出して」


 そう問いかける巡査部長の無線に、緊急連絡が入る。


『至急至急。警視庁から八王子ICにて検問中の各PM警官へ。手配中の大型トラック一台がそこを降りた。警戒されたい、以上警視庁』


 巡査部長は運転手にそのまま免許を返し、渋滞の後方を見つめる。

 無線の通り、一台の大型トラックが高速から出て最後尾に着いた。


『王子12から警視庁』

『王子12どうぞ』

『手配中の大型トラック発見。これより、職質しますどうぞ』

『警視庁了解。なお、トラック乗員が銃器を所持しているとの情報有り。十分に注意されたいどうぞ』

『王子12了解』


 警官が数人、トラックに近づいた。

 次の瞬間、乾いた破裂音と共に警官が二人倒れた。


「銃だ!」


 誰かが叫ぶ。巡査部長は腰のホルスターに手を掛ける。

 トラックはクラクションを鳴らしながら、前進し始めた。前に詰まった車を馬力と図体にものを言わせ、押しのけていく。


「止まれ!」


 また警官が追いかけるが、銃声が鳴り響き倒れていく。


「逃げろ!」

「止まれ止まれ!」

「撃て!」


 周囲はパニックになり、収拾が付かなくなる。

 速度を徐々に上げるトラックは、巡査部長の近くへ来た。拳銃を抜くか否か迷い、彼は抜かずに車の陰に隠れた。

 耳をつんざく爆音が過ぎていく。

 少し視線を上げると、迷彩服姿の男がマシンガンをトラックの荷台から撃っているのが見えた。

 彼は爆音が遠くなるまで、怯えて耳を塞いでいた。

 ようやく立ち上がると、そこに広がっていたのは戦場かと思うほどの惨状。

 彼は、頭から血を流した同僚が声を掛けるまで、呆然としていた。


『至急至急、王子12から警視庁!』

『王子12どうぞ』

『手配中の大型トラックが検問を突破! その際に銃を乱射、警官民間人共に怪我人多数! 救急車の要請頼む!』

『……警視庁了解。……大型トラックは何処へ向かった?』

『立川市方面へ逃走!』


 


 立川。日本ISS本部。

 私の意識の糸が繋がる。

 無意識に隣にいるはずの浩史に手を伸ばすが、誰も居ない。

 彼に掛けられていた毛布が綺麗に畳まれている。


「……浩史は?」


 私が呟くと、ヤガミ主任が申し訳なさそうに口を開いた。


「……彼は、都心に向かいました。祖国の盾が都心に向かっていると、数分前に連絡が入りましてね」

「……居ないの?」

「はい」

「………………」


 疑問が湧き上がる。

 何故、浩史は起こしてくれなかったのか。

 ……私が足手まといだから?

 嫌な考えばかりが浮かんでは消えていく。

 けれど、ヤガミの言葉でそんな考えは綺麗に消えてしまう。


「赤沼さんは、意地悪でアストールさんを置いていった訳じゃありません」

「……え?」


 ヤガミの方を見る。彼のは真剣だった。


「彼は、貴女の事を思って何も言わずに行ったんです。……貴女が傷つくのを、見たくないと言っていました」


 頭が真っ白になる。

 嬉しいし、悲しい。

 水と油みたいな感情が混ざらず、中途半端な苦さを味わう。


「……でも、貴女が自分の意思で行くなら、邪魔はしないとも言ってましたよ」


 その言葉を行った時の、浩史の顔が容易に想像できる。

 私に死んでほしくない。でも、私の覚悟や能力を知っている。

 浩史なりに考えた結果なのだろう。

 

「……私、行きます。行かせてください」


 きっと、浩史の元に行ったら彼は少し悲しそうな顔をするはずだ。

 でも、私は行くと自分で決めた。

 それに、私も行く理由はある。


「……弓立涼子」


 彼女には貸しがある。胸の傷の分、罵声の分……浩史の分もある。

 

「弱くないのを、みせてやる」


 私は決意を胸に、ロッカールームへ向かった。



 マリア・アストールの背中がロッカールームに消えると同時に、自分のデスクにある警察へのホットラインが着信音を響かせた。


「はい。ISS強襲係」

『矢上さんですか? 立川警察署の南雲です』


 立川署警備課の課長からの着信。嫌な予感を感じるなという方が無理である。


「……どうされました?」

『つい五分前、八王子ICの検問を手配中の大型トラック一台が突破しました』

「……なんですって!?」

『警官の話だと、トラックの荷台から機関銃を乱射しながら立川……つまり、こっちに向かっています』

「……応援要請ですか?」


 一つの班を残し、全ての班を陸自の応援に向かわせている今はとてもじゃないが、そんな余裕はない。


『いや、トラックはに向かっているそうです』


 思わず、受話器を落としそうになるが寸での所で手に力を込められた。


『ウチの課員を向かわせていますが……間に合うかどうか』


 間に合ったとしても、装備的に戦うのは難しいだろう。

 機動隊や自衛隊は都心の警備に手いっぱいで、こちらに回すのは難しい。


「……分かりました。出来る限り、やってみます」

『ご武運を』


 通話を終えた瞬間、自分の脳のスイッチか切り替わるのが分かった。

 デスクに仕舞ってあった、USPコンパクトをコッキングする。

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