11月17日午後11時46分~11月18日午前0時9分

 車を走らせ市街に着く頃には、日付が変わりそうだった。さんざ言われながらも、ハンドルを握る俺含めISSメンバーの顔には明らかに疲労が滲んでいる。

 早いとこ体を休めないと集中力を欠き戦闘で負け、皆仲良く銃殺もしくは拷問に掛けられることになるだろう。

 隣に座るマリアも数時間ぶりに吸う煙草を咥えているのに、浮かない顔をしてネオンをぼんやりと眺めていた。

 明かりが点いたモーテルの駐車場に車を停めた。


「泊めてくれるかな?」

「火薬の臭いをプンプンさせた、不審者集団だからなぁ」


 ぼやきつつ、車を降りた。受付には眠そうな顔したネルシャツの中年男性が、頬杖ついて映画を見ていた。

 受付には女性陣を向かわせる。ホラー映画の怪物みたいな日本人や、もっさりした眼鏡男より人当たりはいいに違いない。

 二人は笑顔でおっさんと話している。こちらの方を向き、指を指す。

 おっさんが身を乗り出し、俺達を見た。ライトに照らされない場所に居るのでシルエットだけが彼の目には見えているはずだ。

 俺は足元に転がっている石を蹴り、転がした。すると、彼女らが部屋の鍵片手に駆けて来る。


「大丈夫だって」

「よく通ったな」

「大学の同期で、アメリカ横断の旅をしてるって答えた」

「……随分すれた大学生だな」

「だな」


 嘘をつく時は、少しの真実を混ぜ込むと人を騙し易くなると聞く。大学生は嘘でも、アメリカ横断の旅は実質的には間違いない。

 二階にある部屋に入る。男女で分ける様に、管理人は二部屋貸しマリア達も二部屋分の料金を払ったが使うのは一部屋だけだ。

 辺りを確認し、部屋に入った。

 まだ気を失っている博士をベッドに寝かせ、俺達も床に座ったり壁に寄り掛かったりして息を吐いた。

 しかし、のんびりとしていられない。ハリーとシルヴィアが買い出しに出かけ、俺とマリアが部屋に残ることにした。


「シャワー入って来なよ」

「へ?」

「……顔まで血が飛んでるからさ」

「ああ……そうか」


 俺は立ち上がり、バスルームのドアに触れる。


「……マリア」

「何?」

「博士を頼んだ」


 振り向くと彼女は、短くしっかり頷いた。


 バスルームはよくあるユニットバスだった。俺はシグを抜き、洗面台に置いた。ショルダーホルスターを外し服を脱いだ。

 上下共真っ赤になっており、この有様じゃ洗濯してもシミは落ちないだろう。別段お気に入りというわけじゃなかったが、寂しい。

 綺麗にたたみ、隅に置く。下着にも若干染みていたが、こればっかりは変えにくい。ハリーが気を回してくれることを信じるしかない。

 浴槽に入り、カーテンを閉め熱湯と水が出るコックを調整して、体感四十度程のお湯にした。

 シャワーの取っ手を取り、お湯を顔面にぶっかける。

 温かい液体が顔に掛かる感覚が心地良い。暫く顔にお湯を掛けると、シャワーヘッドを壁のとっかかりに引っ掛けて固定させ、今度は頭から体全体にお湯が流れる様にする。

 顔に残った余分な水分と汚れを手で拭う。壁に手を着き。

 俺は、大きく息を吐いた。

 疲れ。不安。焦り。恐怖。心の奥に沈殿した感情を吐き出す。

 最近で一番感情が籠った息だと自覚する。

 ――空港で現れた、あの恐怖。あれはいったい何だったのだろうか。

 あの時に感じたのは、自らに対する形容しがたい恐怖……いや、己の心の奥に眠っている得体の知れない何かに対する恐怖だ。

 まるで赤沼浩史という人間の皮を被った怪物だと、俺はあの時思っていた。

 勿論、アメニティーにある剃刀で皮膚を傷つけても、特撮怪獣の様な緑色の血液が傷口から流れ出る訳じゃない。痛みが走り傷口から垂れてくるのは、間違いなく赤い血だ。

 すぐそこに置いてあるシグP226をこめかみに押し当て、引き金を引いても死なない訳じゃない。シグから放たれた9×19ミリパラベラム弾は、皮膚を焼き頭蓋骨を割り脳漿をぐちゃぐちゃに引き裂き、俺の生命活動を停止させるだろう。

 間違いないと断言できる。やれと言われてもやらない、何故なら怖いからだ。

 生に対する執着。それは俺を人至らしめる要因だと考えている。

 痛みを避け、死を恐怖する。それが当たり前であり、それを忘れた者はもう人間ではない。

 脳裏に、いつぞやのコックの青年が思い浮かんだ。

 あいつは俺が撃ったAKの弾を、ものともせず突っ込んで来た。常人なら痛みに悶え、最悪死に至るそれを脅威と思わずにだ。

 麻薬で意識が朦朧としての行動だったとはいえ、青年には悪いが、アレを人間だと思いたくない。

 頭を振り、コックの事を考えないようにする。

 ……多分俺は、あそこまで人を痛めつけた自分が怪物だと考えたのだ。そして、普段見せることの無いそれに恐怖した。

 冷静に考えてみれば、単純なことかもしれない。けれども、全て事実であり。まごうことなき現実なのだ。

 もしも、あの時叫んでいたら?俺は何を思い、どうしていただろう。

 ――――とても想像の及をぶことではない。

 だけど考えるだけでも鳥肌が立ち、身震いがする。


「……出るか」


 シャワーのコックを閉め、お湯を止めた。すっかり湿り切ったカーテンを開き、鏡の曇りを、腕で拭く。

 そこに映っている、一人の男。

 短く刈った髪、少し伸びた髭、光を宿す茶色の虹彩を持つ目。

 古典的だが俺は頬をつねった。


「……痛い」


 俺は人間で、ここは現実だ。

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