新たなる闇
怪我をした暴走族が、毛布に包まれ担架に乗せられ運ばれて行く。
一部の事故車両はレッカーされ、三車線の一車線だけ通行可能になっている。その中を交通課の警官が笛や誘導棒を振って、渋滞を捌いていた。
その様子をぼんやり眺めていると、矢上が俺の隣に座った。
「お疲れ様です」
「どうも」
「死者十九名、軽症者五十一名、重傷者二十名、大立ち回りですね」
「……人の事言える立場ですか? 放水車まで引っ張り出して。……でも、お叱りならなんなりと。自覚はあります」
「そうしたいところですが……事は、ISSだけに収まる範囲じゃなくなりました」
「……とっくにだろ。自衛隊と警察に喧嘩売ったんだ」
「ええ。クラブに突入した府中署の警官が一名、亡くなりました」
「……………………」
「他も重症です。これで警察の面子は丸潰れ、警視庁上層部は警察という屋台骨を守る為に……ドラゴンスター及び暴走族『奥多摩連合』をスケープゴートにするつもりです」
「何やるの?」
「半グレ集団からテロリストへ、昇格です」
「わぁすごい」
皮肉な口調でそう言って、俺は視線を道路の方に戻した。
「テロリスト集団への内偵を進めていた警視庁と府中署は、本日アジトであるクラブへの突入を敢行。しかし、テロリストからの思わぬ反撃を受け、突入部隊は壊滅的被害を受ける。そして、警視庁は陸自立川駐屯地と日本ISS本部に応援を要請。それを受けた二つの組織は、立川駐屯地前で一斉検挙作戦を行った……といった感じです」
矢上が警察が考えた筋書きを話す。
ものの見事に、俺含めISSの活躍が警察の物になっているが、致し方無いのだろう。
俺も、手柄欲しさにこの件に首を突っ込んだ訳ではない。
だから、文句は無い。
「でもまぁ、後始末は警察側がやってくれて、こちらとしては楽ですよ」
「まったく……。くわばらくわばら」
俺達は揃って苦笑いをして、立ち上がった。
行く所はもう決まっている。
本部強襲係のオフィスだ。
オフィスで俺を待っていたのは、真とアイラの高校生カップルだった。
二人共、俺の顔を見るなり驚いた様な安堵した様なそんな表情を浮かべる。
「無事だったんですね……」
「そう簡単にくたばってたまるか」
歯を見せて二人に笑いかけ、そばにあった事務椅子に腰かけた。
「……辻龍斗は、逮捕されたよ」
「……そうですか」
娘の対応としてはあっさりしているが、無理もない。というか、この場合はこれで正解だろう。
「裁判じゃ、良くて仮出所無しの無期懲、悪けりゃ死刑だ」
「……はい」
「もう、アイツがシャバに出てくることはない。……ここまではいいな?」
俺の問いかけに真も頷いた。
「けれど、君達も事件の片棒を担いでしまった。それは消しようのない事実だ」
「……………………」
「その件に関しては、ケジメをつけなきゃいけない。勿論、俺達も警察やら裁判所に提出する書類には、心証良くなるように書いたよ。……でも、それは君達の贖罪にはなりえない」
若い彼等には申し訳ないが、これが現実だ。一介のISS局員にそこまでの権力は持たされてないし、持っていたとしても使う気は無い。
「もうすぐ、警視庁の少年課の人が迎えに来る。そうしたら、俺とはお別れだ」
「……本当に、ありがとうございました」
二人が深々と頭を下げる。
「別に、大した事はしてない。……けれど、頑張れよ。これからが、踏ん張りどころだからな」
俺はそう返して、ある話をすることにした。
互いに罪を抱えながらも、前を向き話し合いながら生きている人達の話を。
心の底から、二人の幸せを願って。
霞が関。警視庁公安部。
俗に桜田門と言われる場所に立つ、警視庁本部庁舎。そこのあるフロアに、公安部のオフィスはある。
公安捜査第四課課長・江戸川茂は疲れ果てた部下二人と妙にイキイキした部下一人と向き合っていた。
「草薙、山寺。夜遅くに呼び出して悪かったな。報告書書いてから、今日は上がっていいぞ」
名前を呼ばれた二人は了承し、自分のデスクに戻っていく。
続いて江戸川は、肌ツヤがやけにいい部下に声を掛ける。
「弓立。ISS側から、今日はもう行かなくていいと通達があった。報告書を書いて、通常業務をやってくれ」
「分かりました。……そうだ、課長」
「なんだ?」
弓立は小首を傾けながら、江戸川に質問をする。
「まだ、赤沼さんとお仕事出来ますかね?」
江戸川は、部下のその発言に少し訝しみながらも素直に答えた。
「お前が赤沼さんに不快な思いさせてなければ、出来るんじゃないか?」
「そうですか」
弓立はその回答に愉しげに笑う。
その反応は、江戸川に色んな想像をさせた。
もしかしたら、弓立は赤沼浩史が好きなのだろうか。
確かに、彼は真面目で真っ直ぐな男だ。分からない訳じゃない。
それだったら、上手く事を運び公安とISSのパイプを作る事も出来るのでは。
しかし、今後の為とは言え部下のプライベートに踏み込んでいいものか。武さんの息子とくっつけてもいいものか。
思考が混ぜ合わさり、泥の様になっていく。
江戸川はライターとハイライトのパッケージを手に取り、思考を洗う為に喫煙所へ向かった。
市ヶ谷。防衛省市ヶ谷庁舎。
斎藤は便利屋と電話で話していた。赤沼一尉の寄り道が終わる事や、それに伴っての静岡市の清水港で行う作戦の開始を伝える。
通話が切れると同時に、中田が血相抱えて走ってきた。
「立川駐屯地が襲撃されたそうです」
「情報が遅い。それに、未遂だ」
「……そうですか」
中田は大きく息を吐き出す。
気持ちは分からないでもないが大袈裟だ。
「じゃあ、ご存じですね? 襲撃に立川が備えていた事も、それを仕切っていたのも赤沼浩史だという事も」
「当たり前だ。情報は魚と一緒で、鮮度が大事だ」
その言葉は、斎藤が部下を咎める時によく言う。
「無駄な寄り道かと思ったら、思わぬ収穫らしい」
「……会うのが楽しみですね」
「ああ」
斎藤は喉を鳴らし、中田は底意地の悪い笑みを覗かせた。
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