11月17日午後9時49分~午後10時24分

 搭乗通路を進み、俺達五人は空港内に入った。

 しかし、人の波を押さえつける様に空港職員数名が行く手を阻んだ。


「大変申し訳ありません、152便にご搭乗いただいたお客様。代替え機が到着するまで、空港内から出ないようお願いします!」


 その中で一番偉そうな男が小型拡声器で大多数の客に呼び掛けた。当然多くの客が反発し罵声を浴びせる。


「ふざけるな!」

「どういうことだ!」

「責任者出せ!」

「訴えてやる!」


 時刻は夜の十時近く、乗客の中には子連れも多い。子供の多くは四時間のフライトで疲れ、瞼を重そうにしている。親としては、いつ来るか分からない代替え機を待つより近くのホテルにでも泊まらせたいはずだ。大人一人がエントランスのベンチで寝るのとは訳が違う。

 それにスーツを着た連中なんかも、軍隊並みに時間には気を使っている。ここで足止めを喰らって失った時間がどう給料に影響するかは俺の知った事ではないが、クライアントの信頼関係に傷が付く事くらいは俺も想像が付く。

 先頭に居た何人かが職員に詰め寄る。ビジネスマン風の男が、女性職員の胸倉を掴んだ。そいつはすぐに他の職員に取り押さえられたが、状況はまさに一触即発。職員と乗客の間で乱闘が始まってもおかしくなかった。


「どうするよ?」

「と言ってもな……」

「空港から出れないんですか?」

「私達だけね」


 入口には警備員と職員が立っており、仮設の検問所みたいになっている。どうやらチケットを確認して、客を見分けているようだ。


「こんなことするなんて、何処の差し金だ?」

「CIA……いや、何処の組織も頭良い奴はいるか……」


 俺達は人混みから少し離れた所に固まって今後について話し始めた。


「荷物は?」

「僕達がカウンターで確かめてこよう。どのみち銃が無いと、満足に動けない」

「よし。俺とシルヴィアが博士に付いて、ハリーとマリアは銃を取ってくるってことでいいか?」

「そうだね。そこの壁画の所で落ち合おう――マリア、行こう」

「う、うん」


 マリアは心配そうに俺と博士の顔を見たが、引っ張られる様にハリーに連れていかれた。


「……任せたぜ」

「とりあえずどうする?」

「兎にも角にも、人混みから離れよう。ここじゃいつ不意打ちされてもおかしくない」


 俺とシルヴィアは互いに頷き合い博士の手を引き、怒れる乗客達から離れた。


 ハリー達と落ち合う事になっている壁画。インターネット上では陰謀論渦巻く奇妙な物として有名だが、俺達には関係ない。

 四枚ある壁画を博士はボンヤリと眺めている。


「“Children of the World Dream of Peace”……」

「……、か……いい絵ですね」


一枚目の絵には、兵士が倒され、戦争の象徴である剣は子供達に壊され、空には平和の象徴である虹が描かれている。

 博士は絵の前に置いてあるフェンスを指でなぞりながら、ゆっくりと歩いた。

 しかし、二枚目と三枚目には戦争の混沌が描かれていた。二枚目の右隅には詩が書かれている


『“僕は今日、ただ眠っているだけだと信じている。そしていずれ起きて、再び子どもに戻って、笑って、遊び始めるんだ”』


 そして、最後の四枚目は再び平和を取り戻した世界が子供を中心に描かれていた。


「その四枚の絵は第二次世界大戦の終焉と第三次世界大戦の開幕と混沌、そして荒廃からの復興を描いていると解釈されてるみたいね」


 淀みなくシルヴィアが語るが。


「第三次大戦……」


 博士の表情が暗くなった。


「……博士の技術で作ったミサイルでの戦争は、俺達が防ぎます」


 俺は一枚目の絵に描かれた少年少女を見ながら言った。戦争、いや大小関係なく争い事やつまらない考え事でしわ寄せが来るのは、いつの時代も子供達だ。

 ISSに入るきっかけになった少女のあの目が、脳裏をよぎった。あの子は間違いなく、くだらない考え事の犠牲者だ。


「…………はい……」


 ハッとした顔した後、俺達の顔を見て頷いた。

 一歩博士に近づこうとした瞬間。

 胸を鋭い刃物で貫かれた様な痛みが走った。実際に刃物で刺された訳じゃないが胸を押さえ、辺りを見渡す。


「どうしたの?」


 シルヴィアが問うが、俺には答えられなかった。冷たい汗が額に浮かび上がり、頬を伝う。

 周辺にいる十数人のうち、誰がこんなにも強烈な何かを発しているのか。言葉に出来ない不気味さと、吐き出すことが出来ない不安感がこみ上げて来る。


「大丈夫?」

「……博士を、守れ」


 唾を飲みこむ。

 また強い痛みが背後から走る。反射的に振り向くと、革ジャンを着た男が俺目掛けてドロップキックをかまそうとしてきた。

 俺は腕を交差させ男の蹴りを防いだ。男の足が俺の腕に突く。骨がメシッと音を立てたような気がした。

 男は反作用を上手く使い、綺麗に着地する。


「よく防いだな」

「……誰だテメェ」

「名乗るほどの者ではない」

「博士を連れて逃げろ!あいつ等のとこに行け!」


 シルヴィアに指示を出し、構えた。


「割と元気じゃないか……やはり、仕込み靴だと威力が落ちるな」


 首を左右に倒して鳴らした。


「御託並べてんじゃねぇよ、不意打ちしてきたくせに」

「……俺はこっちの方が性に合っている。女脅して事を上手く運ぶなんて芸当は、俺には向いていない」

「女?」

「お前の相棒さ。あの子はいい子そうだったなぁ……」

「…………」

「まぁいい。男の勝負をしよう。いつでも掛かってこい」


 男は靴からナイフのようなものを出し、片手で俺を挑発した。

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