神に祈りし者達と己を固めた者
殺し屋兄は虫の息だった。穴が空いている場所は肺の真上。
この場で俺達が出来る事は無い。つまり、遅かれ早かれ彼は死ぬ。
「残念だけど、弟さんは私が殺した」
マリアの声は発言内容と違い、震えていた。けれど、男は死にかけの目で俺とマリアを交互に睨む。手に握られたHK416を持ち上げようとするが、腕に力が入らないようでただ大量の血を吐くだけだ。
「こ、ろ……して……や……る」
俺は彼の手からアサルトライフルを奪い取る。
「悪いが、お前等に差し出す命の持ち合わせは無い」
「じゃ、あ……なんで、お……とうと……は、しん、だ……? あれほど……かみ、さま、に、いの……った、のに……」
「“神は死んだ”だ。祈っても、死からは逃れられない。むしろ、銃を手に取ったせいで、自分達から命を縮めていったんだよ」
「……か、ぁさんを、ころ、す……ちゃんす、を……くれた、の、に?」
「何だって?」
「おれ、たち……と、けび、ん……さん……を、あわせ、て……くれ、た……」
唐突に出たその名前に、俺は煮え切らない顔をした。
「確かにお前等は、ケビン・レナードに雇われたみたいだが」
男は血塗れの唇を歪める。
「……お、れたち、きょう……だいの、きゅう……せい、しゅ、だ。ちか、らのな、い……おれ、た、ちに……ちか、ら、を……く、れ、た……」
歯を見せ、皮肉げな笑みを浮かべたがすぐに口から大量の血を吐き、男は息を引き取った。
「……力をくれた?」
男が最後に言った言葉は、俺には腑に落ちなかったがマリアには理解できたようだ。
「……分かった気がする」
「なんだって?」
「歩きながら話す。先ずは、ここから逃げよう」
「……了解」
目の前の遺体からHK416の予備弾倉を奪い、銃に挿さった弾倉と交換する。マリアもUMPを奪い、武装を強化した。
最後に破壊された屋台にISS本部の連絡先を書き残し、この場を後にする。
さっきまで幻想的だと思っていた遊園地に近づいていく。だが、それは光だけで周囲の景色は荒れていく。
俗に言うところのスラムだ。もっとも、ユニセフなんかのCMで見るようなトタンと泥で形成されてるような場所ではなく、秩序の香りがほんの少しだけする。
「私とケビンが決別した理由、覚えてる?」
彼女は唐突に口を開いた。
「忘れるはずがない。……正義の方向性の不一致、だろ?」
「ええ。……あの時アイツは、あの女の子に拳銃を渡した。……クソッたれな父親を殺す為にね。……力で大人に逆らえない子供でも平等に、人を殺すことが出来る力の象徴を渡したのよ」
その言葉で俺は理解した。
「つまり、あの兄弟はケビンから渡された銃で……」
「言葉から察するに、母親を撃った。……それに恩義を感じ、今はケビンに付き従ってるってとこかしら」
「……なるほどな。じゃあ、これまで戦ってきた殺し屋は……同じやり方で救われてきた子供達ってことか」
俺は腰のベレッタを手に取り、じっくりと眺める。やはり、この銃は丁寧に扱われ、しっかりと手入れされており、使い手の愛情が伝わってくるようだ。
……この銃は、あの少年の親の血を吸っているのだろうか。
「だとしたら、この場を凌いでもまた湧いてくるんじゃあ?」
「……そうはさせない。……絶対に」
声には怒りと決意が滲み出ている。
スラムをしばらく歩くと、マリアは通りから少し外れたアパートの前で歩みを止めた。
「ここは?」
「三年前の、あの場所」
彼女はそう言って、アパートの中に入って行く。俺はどう反応していいか分からず、ただ後を付いて行くしかなかった。
そして、彼女はある一室の前で立ち尽くす。
彼女の目は感情の無い、ガラス玉みたいな目になっている。恐ろしくも、どこか人引き付ける目だ。
「……ここ、火事で焼けたんじゃなかったか?」
どう声を掛けようか迷った末に出てきたのは、ただの事実確認だった。
「うん。……三年前から放置されたままみたい」
焼け落ちた扉を超え、部屋の中に入って行くので俺も慌てて部屋に入る。三年の月日が焦げの臭いを消していたが、部屋の隅にうず高く積まれた焼けた家具はここを容赦なく焼いた火を想像させる。
「よく荒らされなかったな」
「……昔からあまり人が来るような場所じゃなかったし、事件の後は警察が現場検証に来るからね。素性が怪しければ、こんな所誰も来ないよ」
「それもそうだな」
マリアはUMPを壁に立てかけ、そのすぐ隣で目を瞑った。彼女は、一分程同じ体勢でいたと思う。
「……どんな屑でも、殺されてもいいと思う?」
俺にはその声がマリアの物だと認識できなかった。しいて言葉にするならば、彼女の中の“何か”と表すべきだろう。
「……そうだな。俺は、殺されても仕方がないと思う。だが、殺してはいけないとも思う」
彼女は頷く。
「どんな屑でも、息の根止めれば犯罪者よ。もし、殺人の正当性が認められても、殺した感触は手に残る。……それは、一生背負う十字架。自分の身が可愛ければ、そんなことしない方がいい。……でも、殺さなければ殺される。そんな状況で人を殺したのならば?」
俺は皮肉げに笑う。
「難しいよな。……俺も答えが見つからねぇ」
「そうね。……でも、ケビン・レナードがやったことは別。アイツは、罪なき子供に十字架を背負わした。……何が目的か知らないけど、それは許せない」
彼女の顔が俺の方を向く。目には感情が戻って来ていた。酒の力を借りずに、俺の腕時計を撫でずに、自分の意思を固くさせた。
これなら、あの男に勝てるかもしれない。
俺が彼女に一歩近づく。その刹那。
寒気と共に、痛みが走った。
肩口を押さえる。肩から胸にかけて服ごと切られていた。皮の切れ目から、鮮血が流れる。
「浩史!」
マリアが駆け寄ろうとするが、銃声と共に彼女の頬に朱色の線が走った。
「痛っ!」
「近づかないでください」
幼い印象を受ける、女。いや、少女の声。
いつの間にか俺達の間に現れていた少女。これまでの三人の様に、スカルマスクで人相を隠している。
右手には硝煙立ち昇るS&W M39。左手には血が付いた大ぶりのナイフが握られていた。
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