踏み外した者と一歩を進みし者

 俺は痛みを堪え、HK416を構えた。マリアは、突如として目の前に出現した少女に驚いている。


「君は……」

「三年ぶりだね。おねぇさん」


 少女はM39を握る手をマリアの方へ、ナイフの先を俺に向けながら口を開いた。

 平坦な声は、再会を祝す気が無い事がよく分かる。


「あの時はありがとう、撃たないでくれて。おかげで、クソ虫を殺すことが出来た」


 少女は口角を上げるが、目が笑っていない。


「だから――」


 寒気。俺は素早い斬撃をHK416で防いだ。衝撃で細かく震える銃が、衝撃の強さを物語る。


「撃たないでね!」


 マリアの表情が凍り付いた。


「どけ! マリア!」


 俺は怒鳴り引き金を引く。後退しながらフルオートを二発で区切って撃ったが、当たる気配は無い。

 少女は小柄な体躯を生かし、この狭い空間でも縦横無尽に駆け回り狙いを定めることが出来ないのだ。

 俺は舌打ちをして、HK416を放り投げ格闘技の構えを取った。少女は銃を捨てた俺をあざ笑い、拳銃を突き出してきたが俺はそれを素早いハイキックで蹴り飛ばす。


「えっ……」


 少女が驚き、寒気が一瞬途切れる。その隙を逃すわけにはいかない。手加減なしのグーで彼女の顔面を殴った。

 彼女は咄嗟に骨がある頬の上らへんでガードしたが、鍛えている成人男性と少女の力の差は歴然。

 二メートル近く吹き飛んだ彼女の手から、ナイフが落ちる。それを蹴り部屋の外に出した。

 シグの銃口を彼女に向ける。

 だが、彼女は腰の後ろに隠してあった小さいナイフを投げた。俺は寒気と同時に目の前に現れたそれを、瞬間的に避ける事が出来ない。

 寒気が強くなっていく。“死”という単語が頭の中で膨らんだ。

 しかし。

 銃声と共にナイフは弾かれた。マリアがナイフを撃ったのだ。


「悪いけど」


 間髪入れずにもう一度、マリアは引き金を引く。

 今度吹き飛んだのは、少女の手。千切れた中指と人差し指が足元に転がる。少女の獣の様な雄叫びが、部屋を響かせた。


「あの時撃てなくて、ごめん。あの時、私が撃ててれば……こんな事にはならなかったよね」


 懺悔するかの如く、マリアは少女に言った。

 後悔や罪が消える事は無い。だが、彼女は一歩進んだのだ。



 赤と青のランプの救急車がスラムを走り去る。

 マリアは『最後まで面倒を見る』と言って、少女と共に救急車に乗ることを望んだが百パーセント安全とは言えない状況なので、俺が引き止めた。今は車に待機させている。

 救急隊員の見立てでは、あの千切れた指はくっ付く事は無いそうだ。

 これで、ナイフや銃を握り満足に戦うことは出来ない。

 するとオールバックと巨体の二人が、心配そうな顔してやって来た。


「無事でよかったです」


 俺は傷口に包帯を巻かれ、マリアのパーカーを羽織っている。

 すっぱりと裂かれ血で汚れた自前の上着や服を脱ぎ、マリアのパーカーを借りたのだ。


「……これが無事に見えるか?」

「ISSではそれは無事扱いです」

「……辞めたくなってきた」


 巨体から差し出されたミネラルウォーターを、一気に飲み干す。


「五臓六腑に沁みるよ……」


 感慨に浸ろうとしたが、二人は話を進めた。


「赤沼さんが言っていた、手が潰れた少年ですが……市内の救急病院で発見されました」

「容体は?」

「鼻の骨折。右の指三本と左の指四本を彼は失いました」

「……そうか」


 二人は何も言わなかった。曇った表情をした俺を見て、何か察したのかもしれない。


「……そうだ。彼は素直に話してくれましたよ。“ある警察官”との出会いから、今に至るまでの経緯を」

「親からの虐待、自分達を傷つける大人をぶち殺す為の銃を恵んでくださった、アホに恩義を感じている。……だろ?」


 二人は驚きもしなかった。


「そうです。……駐車場の少年、海岸の兄弟、廃墟の少女、四人に共通している事は、両親からの虐待を受けていた事と親が火事で亡くなっている事です」

「偶然にしては、出来過ぎている……と」

「ここ十年で同じ様な事が、二十件近く起きてます」

「五分の一か……」

「それと、火災発生前に警察に通報されてるんですよ。その四件とも」

「……警官であるケビンが子供達の存在を知ることは、十分にあり得たってことだな」

「ええ。……少年の話だと、普段は隠れ家にいるそうです。他にも、何人か子供がいるみたいですよ」

「まだまだ弾はあるってことか……」


 苦虫を嚙み潰したような顔になった。子供を犠牲にさせ、自分に泥が掛からないようにする。

 吐き気を催す邪悪。

 そんな言葉を連想させると同時に、マカロフを握る少女が脳内のスクリーンいっぱいに映し出される。


「――行こう」

「え?」

「例の隠れ家に。まだ、子供達がいるんだろ?」


 ろくに考えるでもなく、自然と口が動いていた。


「ええ……。そうらしいです」

「だったら! あのアホが利用する前に、保護しなきゃ!」

「落ち着いてください、赤沼さん。今、うちの若い衆に向かわせています。……さっき、赤沼さんとアストールさんを迎えに行かせたあの二人です。二人共、名誉挽回だって張り切ってましたよ」


 それを聞いて、力が一気に抜けていく。


「……そうですか。……よかった」


 調査係の二人は怪訝そうな顔をしたが、すぐに気を取り直し俺を車まで案内した。

 ……どうやら、俺はまだ一歩も進んでいないようだ

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