戦闘準備

 十階建ての本部の中を、マリアに案内されて回る。

 ロッカールームから始まり、トレーニングルーム、武器管理室、射撃訓練室、シャワールームなどの常用する場所の説明から他の部署などの挨拶回りを済ませた。


「さすがに、広いな」


 喫煙室のアクリル板にもたれかかり、自販機で買ったドクターペッパーをチビチビ飲む。


「でしょ」


 マリアは喫煙室の中で煙草をふかし、俺と対になるようにアクリルの壁にもたれかかっている。


「浩史は吸わないの?」

「俺? 俺は吸わないよ。むしろ苦手だ」

「へぇ、でも自衛隊にも喫煙者はいるでしょう?」

「そりゃあいるさ、戦車乗りとかは吸ってる奴は多かったけど、俺は普通科だったし煙草なんかやったら体が持たない」

「ふぅん」


 なんて会話をしていると、不意にマリアが携帯電話を取り出した。画面を見た瞬間、顔色を変え煙草を灰皿に押し付ける。


「どうした?」

「急いでオフィスまで戻るわよ」

「何で?」


 マリアは俺の眼前に携帯を出す。

 メリッサからのメッセージだった。

<至急オフィスまで戻れ、アカヌマも忘れずに連れてこい。コードオレンジだ>


「コードオレンジって?」

「強襲係総員集合、緊急会議、ことによっては戦闘準備になるのがコードオレンジ」


 早口で言い、マリアはダッシュでオフィスの方に行く。置いてかれまいと俺も走った。



 オフィスでは既に会議の準備が完了していて、後は強襲係のメンバーの集合を待つだけだった。

 俺とマリアは自分のデスクに座り、ホワイトボードの前で仁王立ちしている班長達に注目した。

 強襲係が全員集合したことを、第一班の班長(屈強な大男、元海兵隊らしい)が確認すると、部屋の照明が落とされた。

 ホワイトボードをスクリーン代わりにして、緊急会議が始まった。


「急に呼び出して悪かった。さっそくだが先程、監視係からカリスト・マイオルについての情報が入ってきた」


 カリスト・マイオルという名前が出た途端、俺以外の全員がざわめきだす。


「なぁ、カリスト・マイオルって誰だ?」


 小さい声でマリアに聞く。


うちらISSが追ってる、今のところ一番『エネミー』に近いと言われている麻薬売人の元締め」

「ほぅ」

「名前以外の本人に関する情報が一切出てこないから、エネミーかどこかの組織に匿われている可能性が高いの」


 班長の話が再開したので、彼女は口を閉じた。


「先日からマークしていた麻薬の製造工場に、大量のトラックと銃器で武装した男達に警護させてる……高級スーツの男がやって来た」


 ホワイトボードには、望遠レンズが捉えた男達が映し出される。装備は見える限りでは、SPAS-12ショットガン、UZIサブマシンガン、コルトガバメント。ボディーガードに囲まれた白色のスーツに垂れ目サングラス男はニヤケ面。


「腹立つ面だ」

「同感ね」


「この写真の奴が『カリスト・マイオル』とは限らん、しかし! マイオルの麻薬工場に入って行ったのだから無関係ではないはずだ! したがって、今よりこの工場に強襲をかける。総員、準備完了次第、地下駐車場に整列!」

「いいか、八分で支度しろ! 役立たずは置いていくぞ、いいな!」

「サー、イエッサー!」


 第一班班長の怒声がオフィスに響いた。その声に弾かれ、ロッカールームに第一班の班員たちが飛び込んでいく。


「さ……私達も行きましょうか」

「ああ」


 マリアは軽く背伸びすると、俺の肩を叩いた。あまりの温度差に戸惑いつつもロッカールームに向かう。

 三つある内のアサルトライフル。SCARを手に取り、弾倉を差し込む。Tシャツの上に防弾チョッキを着て、襟シャツを羽織る。二、三度肩を回し防弾チョッキの具合を知る。USPの安全装置を確認して、ホルスターに戻す。予備弾倉をチョッキのポケットに入れた。


「準備完了」

「こっちも完了」


 この時点で約五分が経過。俺達は急いで地下駐車場に走る。


「総員!乗車!」


 その掛け声でISSアメリカ本部強襲係、総員40名がそれぞれバンとSUVに乗り込んだ。



 車列は高速道路で郊外へと向かう。

 新入りの俺が運転しているSUVの車内では、第二班の班員が各々の時間を過ごしていた。ある者は携帯を弄り、ある者は少し早めの昼食を食べている。


「なぁ、マリア……」

「ん?」


 皆はまるで、遠足に行く子供達みたいだ。これから向かう場所は戦場だというのに。

 不安に押しつぶされそうになっている、俺がおかしいのか。

 そんな感情を紛らわしたいから、煙草をふかす相棒になんとなく声を掛けた。


「……そんな顔するんじゃないよ」


 マリアは優しく微笑んで、俺の頬を突いた。


「私は、アンタのバディ相棒だ。アンタがそんな顔してたら、私まで不安になってくる……浩史、キツイ時こそ笑うんだ。それが戦いの前の態度さ」


 そう言ってニヤリとする。これが決め手となった。


「なぁ……一本くれないか?」


 マリアは虚を突かれた顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻しパッケージから一本取り俺に差し出す。それを銜え、火も借りようとすると後ろから火の付いたライターが差し出される。ミラーで確認すると、他の班員達がニヤリと俺を見ていた。


「ありがとよ」


 煙草に火を付け、ゆっくりと吸う。

 これで、

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